十歩目.森にて、少女は願いを聞く



「え、違う……?」

「はい、違います」


 清々しいにも程があるくらいの返答速度だった。


「ワタクシは、何も、テンプロート王国を滅ぼそうだなんてこと、考えておりません。

 ああ、先に言っておきますけど、レヴィを説得する際の一番最初に用いた『飽きたから』というものでもありません。てかそれはぶっちゃけ嘘です、ええ。貴女の意表をつく為がだけに捏造した理由に過ぎません。

 ……いえ、毎日変わらぬ縛られし日々に嫌気が差し、飽きてしまっていた、というのはありますけれどもね?」


 ああまぁ、さすがに飽きたどうこうでリーアのような理論人間が夜逃げまでするとは考えられないから、そこが理由にならないことは、別段驚くことでもないのだが。


「だというなら、リーは何をしようとしているのだ?」


 また、夜風が私らの周囲を駆け抜けていく。

 今度の風は、冷たいながらも、一本の筋を通しているような感触を残した。


「ですから、ワタクシは、世界を変えようとしているのです」


 力強い言葉とは裏腹に、リーアの瞳はどこか不安に揺らいでいる気がした。




「ワタクシは、捻れ切った空間を、壊したいのです」




 ――それ、は。


 つまり。


「私らが王宮に、国に縛られていた理由を、消し飛ばすということか?」


「ふふっ、レヴィの指摘した部分はあくまで副効果ですわ。

 ワタクシたちは、テンプロート王国内に関わらず、自由に好きな場所へ行けるようになるのです」


 真の自由を手にすることができるのです。リーアはそう言って、獰猛に笑った。


「だ、だが、本当にそのようなことは実現可能なのか? できるというなら、とっくの昔に王国の連中が成し遂げているのではないかと思うのだが……」

「さぁ? どうでしょう」

「さ、さぁ、……って」

 リーアの中でも確信を持てないのだろうか。


 実のところ、とリーアは視線を落とす。

「ワタクシにもわからないのです。

 国が周囲の捻れ空間について研究すらしていないのは、おそらく国の権威を今のままに保ち続けるためであるとは予想ができますし、実際にそう取れる文献も、普通ならば入れない書庫で見かけたことがあります」


「書庫には……隠密の魔法を使ったのか。で、実際の方法についてはどうなんだ?」

「ある程度の予測は立てております。ですが、ワタクシの力では試してみることができなかった以上、机上の空論でしかなく、故に本当に可能かどうか――そもそも、合っているのかどうかすら、わからない状況にありまして。

 あくまで王宮にあった資料を元に組み立てた推測ですから」


 ふむ。

 すると、リーアが私に求めているのは、必然的に絞れてはくる。……なるほど、痛みが継続的に続くワケではないのかも、しれないのか。


「私はリーの立てた予測の確認、並びに実行役を担えば良い、という判断で合っておるか?」

「はい。大まかにはその通りです。適正の狭いワタクシではどうしようにも実行に移すことが不可能な為、レヴィに頼もうと考えておりました」


「私に頼まんとしている中には――やはり、私が傷を負う内容も含まれているに違いないよな」

 少なくとも、捻れた空間を取っ払う作業では、ほぼ確実に必要となってくるだろう。


「レヴィが嫌と仰るのなら、ワタクシは強制致しません」

「そうか。


 ……私は、リーのお願いに乗るよ。私にできる範囲で手伝うことを誓おう」


 リーアの目が、ハッと見開かれる。

「ほん、っとうに……?」


「ああ、本当だ。

 同時に、私はリーのこれまで積み上げてきた全てを無に帰したくないと心の底から思っている。オマエの真剣な瞳を、私がぶち壊したくはない。

 ――だから、リーも誓ってはくれないか?」


 本来であれば、私自身がどうにかせねばならぬ問題であることは、百も承知だ。

 王宮の牢屋から抜け出すことに肯定的な意見を持った時点で、決めねばならなかった覚悟だということも。


 なんでしょう、とリーアは真摯な眼差しで私の言葉を待っている。


「私が傷を負っての魔法を行使する必要のある時は、リーが命令を下してくれないか?

 リーが負傷覚悟で目的を成し遂げようとしていることはわかっておる。だが私には、どうしても己で自身に傷をつけることができないのだ。

 命令ならば、良い。これまでも散々されてきたことが故に。されど自ら傷を受け入れてしまったら……私はきっと、私を見失ってしまう」


「…………――わかり、ました。それが貴女の望みなら」


 苦しそうに顔を歪めるリーアに、心の内で謝罪を零す。

 声に出さなかったのは、私に謝る資格など無いから。

 嫌ならやらなくて良いと言ったリーアにとって、私の願いが彼女の辛酸に繋がることは明らかなことだったから。



 リーアは一つ深呼吸を挟むと、私の体を両腕で抱えるようにして支える。


「そろそろ、レヴィの見つけてくださった穴蔵へ行きましょうか。あまり立ち話をしていて他の獣に狙われてしまっては、いらない苦労をレヴィにかけてしまうだけですので」

「うむ、そうしようか。ではリー、杖の代わりになる魔力の塊を出してはもらえないか?」

「かしこまりました」


 少しして手渡された杖は、私が作ったものより長く感じた。

 まぁ、長い分には持つところを低くすれば良いだけだから、構わないか。そも、ここから穴蔵へ歩く為だけに使うのだし、正直短くても良かったのかもしれない。


「穴蔵へついたら、今日はもう休むか?」

「ええ。一度寝て、今後の予定は明日、決めましょう」

「了解した」


 向かいから吹いてきた風は、夜ということもあってか、やはり冷たかった。


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