九歩目.森にて、少女は疑念に溺れる



「ああったくッ! とりあえず、使用魔法は一番魔力消費の少ないもの――この状況下だと、どう考えたって体温奪ってやるヤツだろうな!? 気温も低いワケだかんなっ?」


 右腕をリーアで、左手を杖で支えていた体勢を崩す。

 全面的にリーアに体重をかける形に移行しながら、杖の形で外に出していた魔力の塊を再び体内に戻した。

 さすがに全てを戻せる程に効率を良くすることはできないが、それでも枯渇寸前だった私にとっては周囲を蹴散らす為の重要なリソースとなる。


「んだぁ、動くな! 的は大人しく止まってろ!? こちとら魔力少ないんだ、余計なことしてるヒマはないんだよっ。

 ッもコレ、さっさと魔法発動したほうが良さそうか? ああそうだな、その通りだ。敵は五匹、私らを囲うように牽制中。一体ずつ座標を固定するより、円形に繋いで発動範囲を定めるか。そっちのが速いだろうし、最終的な消費魔力総量も少なくなるだろうし?」


 瞼を閉ざし、先の瞬間に持続的な探知の魔法を付けた獣五匹の動向を追う。

 獣の勘故か、多少歪ながらも、一つの円周上にいた。

 うむ、やはり一気に仕留めてしまうのがこの場での最適解だろうな。


 やることが決まれば、あとは実行するのみ。


「熱を奪う。いや、熱を移動させる、だな。散らせば森火事にもならんし、熱を無理に剥ぎ取るよりも、使う魔力をグッと抑えられる。すると、起点をアヤツらに置いて――」


 反撃する暇は与えない。

 ふぅ、と息を吐き出すようにして、魔法を発動させた。

 続いてしっかりと殺せているかを確認した後、リーアに目を向ける。

「終わったぞ」


「ふふっ、さすがはレヴィですわねぇ。ちなみに、解体作業なんかは……さすがにできたり、しませんよねぇ?」

「できるワケなかろう。これまで、一の魔法師として、捻れた空間から迫る脅威と戦う術ばかりを押し込まれてきたのだ。

 自分で言うのもなんだが、正直、生活能力など欠片もないと自負するぞ。ああ……まぁ、簡単な料理くらいなら作れなくもない、とは、思うが……」


 生まれが飲食店ということもあり、幼い頃から母や父から料理は教えられてきた。

 とはいえ、家を出てもう七年以上が経っている。

 食べれるものが作れるかどうか、実は怪しかったりも、しなくは、ない……?



 ――っと、違う! そんなことを言い合っている場合じゃない。


「なぁリー、結局私をどうするつもりなんだ?

 獣らに囲まれたまま話を続けるのが危険であったことはわかるぞ? しかし、ならばこそ、さっさと命令してしまえば良かったではないか。私に、今すぐ王国外へと転移をするように。

 足りない魔力は隷属状態の私が私を傷つけることで補えるし、心配なら、オマエの魔力量を超えない程度に補給するよう、縛れば良かったのだ。わざわざ回収することすら難しい獣の死体を作る必要など、なかったろう?」


 私らを取り囲んでいた獣は、体温を活動停止するくらいに冷やすことで命を刈り取ったから、血を流してはいない。

 他の野生動物が近寄ってくる心配は無いが、辺りが明るくなれば森を通る人に見つかる可能性はある。

 このような殺し方ができる存在が、最低限国直属の魔法師であろうということも、すぐに、判明するに違いない。


 無論リーアも、そのような危険は承知なはずだ。


「まさか、まだ私に希望を抱かせたままでいさせるつもりか?

 私、言ったよな? 頼むから、やるなら一思いにやってくれ、と」


 私が縋るように問いかけても、リーアの妖艶な笑みは微動だにしなかった。


「あら、でしたらワタクシも言いましたわよ? 前にレヴィが言った通りですわね、って」


 このようにレヴィを動かすのは、ワタクシの本意ではなかったのですけれどもね。

 リーアの表情に、哀愁が混じる。

 ……なぜここで、愚かに動かされた私を笑うでなく、そのような顔色を浮かべるのだ……?


「良いですか、レヴィ。ワタクシが今から言うことは命令ではありません。一人でまともに身を守ることすら敵わない、年端も行かない人間が抱えてきた、たった一つのお願いです」


 命令では、ない……?


 差し込んだ月光に、リーアの白藍色の瞳がきらきらと瞬いた。




「レヴィーディス、どうかワタクシと世界を変えてはくれませんか?」




 夜風に髪があおられる。

 リーアの紫がかった白の長髪も、砂が舞うような儚さで空間を蹂躙していく。


「ワタクシは世界を変える為に王宮を逃げ出して参りました。勿論、明日以降の計画も、ワタクシの描く将来を見据えたいくらかのプランを用意してあります。ええですから、レヴィの言う通りなのです。

 ワタクシはワタクシのやりたいことの為に、しっかりと計画を練った上で、夜逃げを決行しました。こんなクソったれな世界を根底から覆してやる為がだけに」


 世界を、変える――。


 一体全体、リーアは何をするつもりなのだ?


「ふふっ、言っている意味がわからないという顔をしておられますわね」

 当然の疑問だと、リーアは目を細める。


「なにせこの世界は、ワタクシたちの住む王国の他、致死性を有すること以外よくわからない空間が広がっているだけですもの。

 文献で読んだことしかないような、テンプロート王国のような国があちらこちらに存在しているかつての世界ならばまだしも、たったの一つしか国のない現在において、世界を変えるなど……まぁ、そもそもの目的設定の前提からして相当に数が絞られてしまいますから」


 何だ、ホントの本当に、リーアは何をしようと――もし、や。


「オマエ、まさか」


 ――貴族の子女として産まれた以上、ワタクシの自由が完全にワタクシのものにならないことは幼き頃より理解していたつもりでした。


 ――けれど。


 ――さすがに数字を冠する魔法師として、ワタクシの心がないものとされるとまでは、心構えていなかったものでして。


 牢屋での会話で、確かこのように、言っておったよな……?



「国を、滅ぼすつもりか!?」



 それならば、世界を変えると言っても過言ではない。

 なにせ人間の世界そのものであるテンプロート王国を土台から切り崩すのだ、むしろ同値と言っても良いだろう。


「数字を冠する魔法師、かつ国直属の魔法師らの待遇をより良きものへ――自由意志を持てる世界に、国に、成り変える算段なのか?」


 だが、もし本当にそのようなことをしてしまっては。


「このような世界状況にて人間同士が争い始めたら、今度こそ三次元空間が呑み込まれ、人類が滅びかねないぞッ? 

 無論、リーアが隷属をもって私に手伝えと命じるのなら、いくらでもこき使ってくれ。しかしあくまでお願いだと言い張るのなら、さすがの私でも、手を貸すことはできんッッ」


 だがどうせリーアのことだ。

 私が反対しようとも、他のプランを持っているに違いない。


 きっと余裕からだろう。

 ふふっ、とリーアは笑い声を上げた。




「違いますわよ?」




「…………え」


 あ?


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