七歩目.森にて、少女は名を決める



「…………――座標固定。行くぞ!」


 窓から王宮を抜け、堀を飛んで渡り、足早に都を囲む門から外へ。

 暫く歩いた後、私は転移の魔法を発動させた。


 別次元の空間を経由し、残余に軽い浮遊感を瞬かせ、地に降り立つ。


「のう、リーア。ここで合っておるよな?」

「ふふっ、レヴィーディスが合っていると言うのなら、無論、合っているに決まっておりましてよ」

「信頼がスゴいな」

「ふふふっ」


 歩けるようにと、体勢を整えた。

「して、まずは寝床を探すか。さすがの私も、森のどこに何があるかまでは知らないからな」

「まぁ、転移で必要となるのは、行き先の大まかな座標で十分なはずですからね」


 深夜の森を、二人連れ立って進む。

 程よく欠けた月明かりに照らされた、人々によって踏み固められた道は、所々に転がる砂利を反射しては煌めいている。

 王宮の高い高い天井に下げられたシャンデリアより、ずっと綺麗な輝きをしていると、ふと思った。


「ああ、そうそう。これから名乗る偽名を、今のうちに決めてしまいましょうか。ワタクシの魔力量を超える存在でなければリーアの隷属を塗り替えることはできないとはいえ、万一のことは十分に考えられますが故」

「んー、確かにそうだな。いつまで経っても『貴女』と『オマエ』呼びでは、どこかしらで不便に感じることもあるだろうし」


 特に数字を冠した魔法師へ破らぬようにと酷く強烈に言い渡されていた規則の一つとして、名前を教えてはならないというものがあった。

 名前――生まれついた時に持っていた名は、そのまま魂と紐付いている。

 故に、私がリーアにやられたように、名前を使えば相手を縛ることができるのだ。

 だからこそ、王国は実力のある魔法師は名を他に教えないよう、厳命されている。万が一にも支配側より魔力量の多い魔法師が徒党を組んで、反逆を起こさせないようにする為でもあろう。


 とにかく、不便のないよう暮らすには、偽名を用意する必要がある。

偽名ならば、誰かに知られても縛られることはないから。


「せっかくお互いの本当の名を知った直後ですし、できるならばワタクシたちの名前と関連のあるものにしたいですわ」

 リーアが片頬に人差し指を突き立てて、小さく首をかしげる。


「ねぇレヴィーディス、何か良い案はなくって?」

「うむ、そうだな……」


 幼き頃も、単なる庶民だったとはいえ、さすがに毎日魂に紐付いた名を口にしていたわけではない。

 そう、たしか。

「――愛称、だったか? まだ才を見出される前の私は、家族や友人から、レヴィという呼称をされていたぞ」


「なるほど、レヴィーディスだから、レヴィ、ですか」

「ああ。リーアなら、リー、とかか?」

「リー……良いと思います。それでいきましょう!」

「良いのか? ふと思いついたものを口にしただけだが」


 問いかけに、リーアは僅かに目を細めて、はいと頷く。

 まぁ、本人が良いと言うなら、私が気にすることでもないか。


「にしても、やはり道沿いに進むだけでは、休めそうな場所も見当たらないな。いっそのこと、道を外れてみるか?」


 リーアが攻撃の魔法を使えるのなら――ちょっと待て。


「なぁリーア、オマエ、攻撃系の魔法は使えないんだよな? 先ほど適性も狭かったと言っておったし」

「ええ、使えませんよ。だからわざわざ、森にいる獣から見つかりにくい場所を探しているのでしょう?

 それで、どうします? レヴィの言う通り、一度道を外れてみます? そうするならば、探知系の魔法を使っていただけると助かるのですが」

「む、承知した。あまり魔力も残っていないから、森全体を見ることはできんがな」


 立ち止まってもらい、瞼を下ろした。夜風の冷ややかさに少しばかりの温度を感じつつ、魔法を練り始める。


「空間を捉える――これは、いつものように」


 脳裏に広がる、森の概要。

 この森にありそうな、隠れることができ、かつ二人が休めるような場所になりそうな候補を上げつつ、頭の中の地図を精査していく。

 地上だけじゃない、使えるなら地下も。


「……道を外れて、いくらか歩いた先。方角はこっちだな。そこの木の根元に、穴蔵と似た空間がある。恐らく、私ら二人が入る隙間は十分に取れるだろう――っと」

「大丈夫ですの? 魔力を消費しすぎまして?」

「ん、あぁ」


 唐突にふらついた私を支えてくれたリーアの手を借り、体勢を整える。

 「久しく魔力欠乏を味わってなかったから、どれくらいで止めねばならないのかという感覚を失っておった。すまんな、リーア――ではなく、リー」


「どうぞ、お構いなく。確かに任務の時にレヴィが倒れる理由は、精神的な疲労がほとんどでしたものね」

「付けた傷も即座に治していたからな。リーの同行は、私が傷を治せず気絶してしまった場合にと、王宮側から提案……いや、指示されたこと、だったか。

 私の精神も、痛みに比例して強くなったなら、良かったのにな」

「そのお陰でレヴィと親しくなれたのですから、ワタクシ、その点だけに関しては、王宮に感謝しているのですよ?」


 レヴィが倒れた回数は、左右の指の数を超えてからは数えておりませんけど、とからから笑うリーア。

 再び、今度は私の指さした方角へ歩き始める。

 私も魔力の塊である杖を突きながら、隣を進む。


「今日はそこで休むとして、明日から、本当にどうするんだ?」

「あら、レヴィが決めてくださるんでしょう?」

「そんなこと、言ってないからな!?」


 このリーアが無計画で王国に敵対することなんてないと信じたいが……コイツが意味のない嘘を吐くことなどない。


「だがしかし、私は一の魔法師、ひいては主に数字を冠した魔法師の待遇を変えてほしいと主張していただけで、王宮を抜けようとは思ったこともなかったのだ。

 なにせこの王国以外、人間の行く宛などないではないか」


 だって人間の住める場所は、ここテンプロート王国の他、存在しない。



 テンプロート王国の外壁すぐ外には、次元の捻れ狂った不可解な空間しか在りやしないのだから。








――――――――――――

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!!


もし、

・ついに物語が動き出しそう!?

・え、不可解な空間……?

・レヴィたん口調カッケェのになんかかわいい……

・リーのお嬢様口調好き!!

・リーアたんがレヴィから『リー』の名前もらった時の笑顔可愛すぎんだろ……


と思ったら、

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(飛んで跳ねて喜びの舞を踊ります!!)

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