六歩目.王宮にて、少女は予定に驚く



 いくらかの角を曲がり、前へ。

「客室から外に出るのか?」


「仰る通りです。

 深夜帯のこの時間に正面出入口が開けっ広げになどなっておりませんし、庭園から出ようにも、今度は転移遮断の結界に引っかかりますし。鍵がかかっていない、もしくは内側から開けられて、警護もほとんどないような場所で、かつ外にも出られるところとなると、客室くらいしかありませんもの」

「そうだな。堀を浮いて超える程度の魔法であれば、今の私でも使える。庭園を囲んでいる高い柵はさすがに無理だが」

「あと、隠密をかけた状態でしたら、バレる心配もありませんわ。なんたって、十回ほど試してみても大丈夫だったんですもの」


 さすがはリーア。

 あらかじめの確認もきっちりと行っていたようだ。


 そうそう、と論理性を塊にしたような少女は私に笑いかける。

「今のうちに、後々の予定について伝えてしまいますわね」


「うむ、頼んだぞ」


 リーアの説明曰く、王宮と王都に張られた転移遮断結界を抜けた後、すぐに転移を行うとのことだ。

 リーアは転移含む空間系の魔法は使えないため、ここは私が実行に移す。

 王都の門は、さすがに国の首都ということもあり、夜間も開いている。時間の経過が直結で夜逃げしたことへの露見可能性に繋がっているワケで、バレたときに王宮が手を出せる範囲からはさっさと抜けといたほうが良い。

 今ならまだ通行料を払えば出られるが、いずれは昼夜関係なく検問が入るだろうから。

 給与を雀の涙程度も与えずに、されど国という強大たるバックにより高性能な仕事を見込める人材を、やすやす手放すとは思えない。


 とはいえ、通常時の私では遠い場所への転移は使えない。

 私の場合、別の障害物のない次元へ一度移動し、魔法の力をもって高速のスピードを出しているのだが、私らの持っている体は基本三次元空間に適したものであり、別の次元にいる為には、その時間分の魔力で防御する必要がある。

 長距離になればなるほど必然的に滞在時間は延びるわけで、今の私の魔力量では、遠くとも半径三十キロ程度が限度だ。


「――ですので、転移先は、王都から四つの村と一つの街を超えた先にある森にします。この王国内の地理は、転移役としても起用されていた貴女ならほとほと頭に入っているでしょう?」

「入っているぞ。酷いスパルタで教え込まれたからな」

「知っておりますわ。三の魔法師も転移系の魔法を使う任務をこなしておりました故、話としては聞いていましたから」


 それで、とリーアは続ける。


「一度体を休め、貴女の魔力をある程度回復させた後に、その森を王都とは反対の方向に抜けます」

「その場で休息を取るということは……転移痕は隠蔽するのか」

「はい。無論、隠蔽作業はワタクシが行いますわ。今の貴女と比べれば、ワタクシのほうが断然良く使えますもの」


「まぁ、この隠密の魔法を鑑みれば、恐らくはそうなんだろうな」

 個人的に、隠密の魔法を含む系統の魔法だけでも十分、リーアは国直属の魔法師としてやっていけるのではないかと予測している。

 多分、リーアの使える治癒魔法と同等レベルはあるのではなかろうか。治癒魔法は土台の知識を得る困難さから、担い手が少ない為、測るレベルがそもそもで違ったりはするのだが。


 果たして、リーアはあとどれほどの力を隠しているのだろうか?


「そしてですね、森を抜けた後にどうするのかは、森を抜けている最中に貴女と話し合って決めようと考えております。

 何でもかんでもワタクシが決めてしまっては、貴女と夜逃げした意味が無くなってしまいますから」

「しかして、いくらかのプランは用意しているんだろう?」


 私の問いかけに、はてとリーアは首を傾げる。

「さぁ、どうでしょう。実は意図的に考えてすらいないかもしれませんわよ」


「…………ぇ、……え?」

「ん?」


 ちらり顔を上げると、なぜだかニコニコ笑顔のリーアがいて。


「待て。本当に決めてないと言うのか? 全てに論理を突き通し、物事の何もかにもに己の見解を出しておかねば気が済まない、オマエが?」


「……貴女、ワタクシのことをなんだと思っていましてよ?」

 言動とは裏腹に、リーアの笑顔は曇らなかった。


「ふふっ、まったく、貴女との会話はただしているだけで楽しくって仕方がありません。

 貴女程、このワタクシと波長の合う存在など、正直世界を見渡してもいないと断じても良いくらいですわ」


 確かに、波長の合う合わないかで論じれば、合う方ではあると、私も感じるが。

「しかし、オマエは貴族の生まれなんだろう? なれば、才覚を見出された時に引き離された私と異なり、今もなお、家族と暮らしていたのではないか?

 血の繋がる者との方が、波長の合致とは大きくなるものではないのか?」

「残念ながら、ワタクシも家族とはとうの昔に別れさせられておりますわ。

 ちなみに家族は、喜んでワタクシのことを王国に差し出していましたね。なにせワタクシの家は貴族社会の中でも中堅に過ぎませんし、国直属の魔法師が家から出たならもっと高い地位を目指せるかもしれないと考えなさったのでしょう。

 国直属の魔法師は名を名乗ることを赦されていないのだから、ワタクシが有名になったところで、家の地位には関係してきませんのに」

「そう、だったのか。ところでだが、オマエはいつから国直属の訓練を開始したんだ?」

「七歳になる手前です。そもそも、国に取り込まれる以前に親しくしていた人々の記憶からは、ワタクシたちの名を消されることはご存知でしょう?

 先ほどは別れさせられたと言いましたが、少し前までは普通の家族だった人たちから敬称を付けられ呼ばれる現実に嫌気が差し、ワタクシ自身が希望して逃げてきたという側面も、確かにありますわね」


 表立って悲壮そうな表情を出さないのは、ひとえにリーアが過去を気にしていない証なのか、また別にあるのか。


「……すまないな。私の中の家族像は、国から無理やり引き離された以前のものしかないが為、一の魔法師として置かれていた状況からすると、どうにも憧れに近いものを想起させていたもので」

「お気になされないでくださいな。たかがこれしき、国直属の魔法師として、そして二の魔法師として課されてきたことと比較すれば、ずっと可愛いものですから」

「…………うむ」


 私も、一の魔法師、つまるところ数字を冠する魔法師としての重圧がどれほどのものかは理解している。

 己自身にかけられ続けてきたものだから。


「さて、そろそろお喋りも一度区切る時間ですわ」


 リーアの言葉に、再度、前を向く。目前には一つの客室の扉が迫っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る