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兄が私の肩を引き寄せ、潤から引き剥がそうとする。

 潤はその手に抗い、私の左手を強く引いた。

 私はどちらの手に身を預ければいいか分からず、ただ立ち尽くしていた。

 「だめだよ、美月ちゃん。」

 左手を引く強さに似合わない、やらかな声で潤が言った。

 「この世の中にはね、踏み越えちゃいけない、絶対があるの。神様が決めた線があるんだよ。美月ちゃんだって、それがわからないわけじゃなないでしょう?」

 踏み越えちゃいけない絶対。神様が決めた線。

 分かっていた。分かっていて、私はそれを踏み越えた。兄と、手に手を取って。

 私はとっさに潤の手を振り払おうとした。

 潤の正論を聞けば聞くほど、私は潤に触れてはいけないほど汚れていると、見せつけられるみたいで。

 それでも潤は、私の手を離さなかった。女の子みたいに華奢な潤の、どこにそんな力があるのか不思議に思うくらい、強い力で私の手を握りしめていた。

 「分かってるよ。」

 潤に答えたのは、私ではなく兄だった。

 淡々とした、いっそ端正な物言いは、私以外の人間に見せる兄の顔だ。二人きりの世界を守るために、兄はその顔で世界に立ち向かってきた。

 私達の狂った愛欲の日々を弾劾する、世界に。

 「分かっていて、美月と俺はここまで来たんだ。きみが口出しするようなことじゃないよ。」

 分かっていて、ここまで来た。

 兄の言葉は私の胸に重く響いた。

 たしかに私は、分かっていて、ここまで来たのだ。どうしようもなく。

 「だとしても、まだ戻れるよ。」

 潤は、兄ではなく私に話しかけ続けた。

 「線のこっち側に、美月ちゃんはまだ未練がある。だから俺になにもかも話してくれたんでしょう? 助けてって、線のこっち側に引き戻してって、そういう意味だったんでしょう?」

 潤の目は、平らかに優しかった。

 それに縋るように、私は頷いていた。

 助けてほしかった。本当は、ずっと。

 踏み越えた禁忌から引き戻してほしかった。それでも、汚れた私に助けを求める権利なんかないから、助けて、の一言が言えずに。

 「だから俺、ここで待ってたんだよ。美月ちゃんが、本当に戻ってこられない場所まで行かないように。」

 本当に戻ってこられない場所。

 私は、肩を抱く兄を見上げた。

 見慣れた暗い瞳からは、その戻ってこられない場所から吹く、冷たい風の匂いがした。

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