神様
「だめだよ。」
かろうじて唇から言葉を絞り出す。
「なにが?」
潤は軽く首を傾げ、私の目を覗き込んだ。
「潤は、こんなの見たらだめだよ。」
舌っ足らずな言い方になった、それ以上の言葉が上手く出てこなくて。
それでも、私が言いたいことを、潤なら理解してくれると、妙な信頼はあった。
だって、潤だ。他の誰でもない、潤だ。
その信頼通り、潤はちょっと皮肉っぽく笑いながら、さらさらと言葉を紡いだ。
「兄妹同士でセックスして、父親を追い出して、母親を殺して、最後には心中しにいく人間なんて、俺みたいな子供は見ちゃいけないって、そういうこと?」
俺みたいな子供。
そこには引っかかりがあった。
だって潤は、私なんかよりずっと大人だ。人間は多分、年齢ではなく、他のなにがしかの指標でしか測れない部分を持っている。潤は、その部分が大人だった。いつだって。
そのことを潤に伝えたいのに、上手な言葉が見当たらない。
右手を兄に、左手を潤に取られたまま、私は馬鹿みたいに唇をぱくぱくさせた。それは、酸欠の金魚みたいに。
「だったとしてもね、はじめに見せてきたのは美月ちゃんでしょ。今更子供扱いは違うんじゃない。」
ごめんね。
それだけを、なんとか口にした。
「美月。」
兄が私を呼ぶ声は、これまでになく真剣だった。
「この子に、全部話したの?」
全部って、なに。
言いたかった。
私達は、一から十まで人に聞かせられないような関係なのか。
確かに、抱き合いはした。禁忌を越えて、何度でも。
それでも、ごく普通の兄妹として、ごく普通に慈しみ合って育った時期だってあったはずだ。
頭が混乱したまま、私は頷いた。すると兄は、ぐい、と、私を自分の方に引き寄せた。
その兄の気持ちは、私にも分かった。手に取るように。
私だって、今更兄の恋人が出てきたところで驚いたりはしない。でも、兄が誰か第三者に、これまで私達が踏み越えてきた禁忌のすべてを打ち明けていたら、確実に動揺する。だってそれは、身体を重ねるよりも強い信頼がないとできないはずの行為だから。
「全部話したよ。全部。」
私は泣きながら、全部、全部、と繰り返した。
人目の多い駅のホームだ。突き刺さるような好奇の視線を感じはしたけれど、そんなものは気にもならなかった。
ただ、兄の手が私を引き寄せるのが恐ろしかった。暗い暗い、この世の闇の一番奥深いところまで連れて行かれるようで。
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