3
兄は、嬉しそうに笑った。
一緒に死のう。
この話が私たちの間で出たのは、はじめてではない。
はじめて性的な関係を持ったとき、父が出ていったとき、母が入院したとき、私が家を出たとき、母が退院したとき、事あるごとに、この話は出ていた。
ただし、出処はいつも、私ではなくて兄だった。
私は兄の言葉をいつも拒絶した。死ぬ気はなかった。まだ生きていたかったというよりは、死ぬのが怖かった。
でも、今なら死ねる、と思った。
今なら、この絶望の中でなら、なにも恐れず死ねる。
「はじめて美月から言ってくれたね。」
兄が、まるで愛の言葉のやり取りでもしているかのように、言う。
私は頷きながら、兄の胴に回した両手に力を込めた。
これが正解だという気がした。
もう二度と離れずに、二人でどこまでも落ちていければ、それはそれで正解だと。
「みんないなくなって、それでうちはおしまい。それでいいよ。それがいいよ。」
私の声音は、なぜだか妙に幼く聞こえた。それは、はじめて兄と抱き合った、16の歳に戻ったみたいに。
そうだね、と、兄が私の耳元で囁いた。
私はその低い声を、幸せとともに受け止めた。
一緒に落ちていこう。この、間違いなく愛した人と。
「どこで死のうか。」
「どこだっていいわ。二人でいられるなら。」
「誰にも邪魔をされない所が良いね。」
かわされた言葉には、既視感があった。
かつて、睦み合うための場所を探したときと同じような会話。
私はうっとりと兄の胸に頬を押し付ける。
この世で二人きりだと思った。もう誰もいらないし、誰にも邪魔はされないと。
「うちにしようか。誰もいないしね。」
兄がそう言って、私が頷く。
一ヶ月、戻らなかった我が家。
兄といくらでも求めあった、修羅の家。
兄と心中するのなら、それ以上の場所はないと思った。
兄の腕にしがみつき、ぴったりと身を寄せ合いながら、私たちは歩き出した。
談話室を出ると、廊下をせわしなく行き来する看護師の一人が、私と兄を妙な目で見た。
多分、勘のいい人で、私と兄の姿になにがしかの違和感を感じたのだろう。
いつもの私なら、その視線を恐れた。
兄と私の間にある秘密を嗅ぎつけられることが、心の底から恐ろしくて。
けれど、今はもう平気だった。誰にどう思われようが、関係ない。私と兄は、もう一緒に落ちていくと決めたのだ。なにも、怖くなんかない。
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