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お母さんは?
問うた声はぎすぎすと喉に引っかかった。
兄は曇りなく笑ったまま、死んだよ、と答えた。
「……死んだ?」
なぜ問い返したのかは、自分でも分からない。だって、母が死んだことくらいもう知っていたから。
さらに言えば、それならなぜ、お母さんは? などと訊いてみたのか、その理由もわ分からない。兄ははじめから、母さんが死んだ、と、そう私に告げていたのだから。
窓際に立っていた兄が、ことことと小さな靴音を立てながら、私に近寄ってくる。
兄が近寄ってきた分、後ずさって距離感を保とうとしたけれど、すぐに背中が談話室のガラス扉にぶつかってしまう。
「美月。」
兄の手が、私の肩に触れた。
コート越しでは、兄の体温など伝わってきはしない。
それでも私には、兄の温度が分かる。分かってしまう。
そのことが怖くて、私は兄の手を必死で払い除けた。
「美月?」
兄は、心底不思議そうに私を呼んだ。
なぜ払い除けられたかなど、ちっとも分からないみたいに。
「触らないで。」
断固とした声を出したつもりが、失敗した。声はやはり、喉のあたりでくしゃりとひしゃげていた。
「どうしたの?」
兄はやはり、心底不思議そうに私の顔を覗き込む。
どうしたの、ではない。
コート越しでも体温が伝わってしまうような、そんな関係の実兄に対して、私はどんな顔をしてなにを言ったらいいのか。
「美月。具合が悪いの?」
具合なら、ずっと悪い。
はじめてあなたと睦み合った日から、いや、はじめてあなたに性的な欲望を持った日から、ずっと悪い。
はじめて兄に性的な欲望を持った日がいつかなど、私はもう覚えていない。第二次性徴を迎えたときにはもう、兄を一番身近な異性として認識していた気もする。
だから、私はいつだってずっと、具合が悪かったのだ。それは、今日に始まったわけでは決してなく。
つまり私は、疲れ切っていたのだ。
いつだって具合の良い日なんかなかったし、壊れた欲望を持ち、それを抑えることもできない自分に辟易していた。
兄の胸に、倒れ込んでいきたかった。
兄だけが同じ壊れた欲望を持ち、私を受け入れてくれると知っていた。
そしてその願望を叶えるためには、もうすべきことは一つしかないと、そのことだって承知していた。
「……一緒に死のう。」
兄の胸に倒れ込みながら、その言葉を口にした。
兄と離れることで、封印してきた言葉だった。
その言葉はあまりにも甘美な響きをした。
一緒に死のう。
それさえ果たせれば、後はもうなにも恐れたり、苦しんだり、悩んだりしなくていい。
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