6
黙り込む私と、ビッグマックにかぶりつく潤。何分間か、無言のまま時が流れた。
本当はここにいるべきではない。分かっていた。
本当だったら、母と兄が暮らす家に駆けつけて、救急車と警察を呼んで、病院に付き添って。そんなことをしないといけないはずだ。
たとえ、家飛び出したとしても、私は母の娘なのだから。
「……行かなくちゃ。」
私が呻くと、潤は芯から怪訝そうに首をかしげた。小さな唇の端には、ビックマックのソースがくっついていた。
「なんで?」
「……なんでって……、そんなの、だって、私は……、」
答えにならない切れ切れの言葉をこぼす私に、潤は淡々と言い聞かせるように行った。
「捨ててきたんじゃないの。お母さんも、お兄さんも。」
確かにそうだった。
私は一人暮らしを決めたときから、母も兄も捨てたつもりだった。なのに今、こんなにも動揺している。
ビッグマックを食べ終えた潤が、右手を伸ばして私の髪に触れた。
女の子みたいに、やわらかい手のひらをしていた。
「一人を覚悟してるんだと思ってたよ、美月ちゃんは。」
「……私も、」
それ以上言葉が出なくて、私の唇は虚しく空回りをした。
潤は、黙ってそのさまを見ていてくれた。
私の髪からするりと離れた潤の細い指が、ポテトをとって口元に運ぶ。
私はなにを言ったらいいのか、なにをいいたいのか、ちっとも分からないまま潤の静かな無表情を見つめていた。
すると潤は、私の目を見返して、さらりとした口調で言った。
「俺、ずっと美月ちゃんといてあげてもいいんだよ。昼も夜もずっと側にいて、辛いときや苦しいときはうんと甘やかしてあげる。多分、上手くできると思うよ。」
でもね、と、彼は困ったように唇を微笑ませた。
「美月ちゃんはそれを望んでないでしょう? 一人で歩きたいから、家を出たんでしょう? だったらね、今だって本当は、俺を呼ぶんじゃなくて、一人で自分がどうしたいのか考えて、答えを出さなくちゃいけないんじゃないの?」
潤の言うことは、正しかった。その上、優しくすらあった。突き放すような台詞は、それでも優しかったのだ。
私はコーヒーのカップで手のひらを温め、なんとか心を落ち着けようとした。
これ以上、潤に甘えてはいけない。
何度でも自分に言い聞かせてきた言葉だった。
何度でも言い聞かせてきて、それでもどうしても、聞き分けられない言葉だった。
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