7
「……無視は、できないわ、」
なんとか言葉をひねり出したとき、潤はもうビックマックもポテトも完食し、手持ち無沙汰そうに、ほぼ氷だけになったコーラを啜っていた。
「そう。」
潤は、ひどく静かにそう言った。
一緒に来て。
本当はそう言いたかった。多分潤も、そう言われるだろうと予測していたと思う。
一緒に来て。
ずっと一緒にいて。
そう言いたかった。
でも、潤は4歳下の高校生だ。
いや、違う。潤がいつくだろうと、高校生だろうが大学生だろうが社会人だろうが、私はその言葉を口にしてはいけなかった。
潤の言うとおりだ。
私は一人を覚悟してあの家を出た。兄と睦み合ったあの修羅の家。あそこを飛び出して、一ヶ月間、なんとか耐えた。
肉が兄を欲するようないくつもの夜を越えて、なんとか一人で暮らした。
だったら今、潤に甘えてはいけない。
「行くわ。」
私が言うと、ストローをくわえたままの潤は軽く眉をひそめ、心配そうに私を見上げた。
「大丈夫?」
大丈夫よ、と、頷く首はぎしぎしと軋んだ。
分かってる。本当はちっとも大丈夫じゃない。その証拠に、脚の震えは止まっていない。
それでも私は、一人で行かねばならない。
椅子から腰を上げ、鞄からスマホを取り出すと、そこには兄からのラインが入っていた。
『中央病院にいます。』
短い、それだけの文章。
その前後にもメッセージはいくつも届いていたけれど、無視してスマホをポケットにねじ込む。
「行ってくるね。」
鞄を胸に抱きかかえ、マクドナルドを出ようとすると、潤に右腕を引かれた。
振り返ると、身長がほとんど変わらない潤の、女の子みたいにきれいな顔が直ぐ側にある。
「行ってらっしゃい。気をつけてね。」
さらりとした台詞のあと、潤は私の唇を自分のそれで塞いだ。
私は唖然として固まってしまった。
一瞬のキス。
潤は困ったようにちょっと笑うと、私の背中を自動ドアの方に押した。
「美月ちゃんはいつもきれいだよ。忘れないで。」
うん、と、私は頷いてマクドナルドを駆け出した。
美月ちゃんはいつもきれいだよ。
潤がことある事に言ってくれる文句だった。
それを忘れなければ、多分、やれる。
潤のぬくもりが残ったままの唇でならば、言いたいことが言える。
駅までの道のりを走りながら、何度もそう自分に言い聞かせた。
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