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「……無視は、できないわ、」

 なんとか言葉をひねり出したとき、潤はもうビックマックもポテトも完食し、手持ち無沙汰そうに、ほぼ氷だけになったコーラを啜っていた。

 「そう。」

 潤は、ひどく静かにそう言った。

 一緒に来て。

 本当はそう言いたかった。多分潤も、そう言われるだろうと予測していたと思う。

 一緒に来て。

 ずっと一緒にいて。

 そう言いたかった。

 でも、潤は4歳下の高校生だ。

 いや、違う。潤がいつくだろうと、高校生だろうが大学生だろうが社会人だろうが、私はその言葉を口にしてはいけなかった。

 潤の言うとおりだ。

 私は一人を覚悟してあの家を出た。兄と睦み合ったあの修羅の家。あそこを飛び出して、一ヶ月間、なんとか耐えた。

 肉が兄を欲するようないくつもの夜を越えて、なんとか一人で暮らした。

 だったら今、潤に甘えてはいけない。

 「行くわ。」

 私が言うと、ストローをくわえたままの潤は軽く眉をひそめ、心配そうに私を見上げた。

 「大丈夫?」

 大丈夫よ、と、頷く首はぎしぎしと軋んだ。

 分かってる。本当はちっとも大丈夫じゃない。その証拠に、脚の震えは止まっていない。

 それでも私は、一人で行かねばならない。

 椅子から腰を上げ、鞄からスマホを取り出すと、そこには兄からのラインが入っていた。

 『中央病院にいます。』

 短い、それだけの文章。

 その前後にもメッセージはいくつも届いていたけれど、無視してスマホをポケットにねじ込む。

 「行ってくるね。」

 鞄を胸に抱きかかえ、マクドナルドを出ようとすると、潤に右腕を引かれた。

 振り返ると、身長がほとんど変わらない潤の、女の子みたいにきれいな顔が直ぐ側にある。

 「行ってらっしゃい。気をつけてね。」

 さらりとした台詞のあと、潤は私の唇を自分のそれで塞いだ。

 私は唖然として固まってしまった。

 一瞬のキス。

 潤は困ったようにちょっと笑うと、私の背中を自動ドアの方に押した。

 「美月ちゃんはいつもきれいだよ。忘れないで。」

 うん、と、私は頷いてマクドナルドを駆け出した。

 美月ちゃんはいつもきれいだよ。

 潤がことある事に言ってくれる文句だった。

 それを忘れなければ、多分、やれる。

 潤のぬくもりが残ったままの唇でならば、言いたいことが言える。

 駅までの道のりを走りながら、何度もそう自分に言い聞かせた。

 

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