家で一人になるのが怖くて、電話をかけた。相手は、もちろん潤だった。

 「潤、潤、」

 彼が電話に出る前に、呼び出し音が鳴っている電話に向かって何度も呼びかける。

 出てくれ、と、祈るように思っていた。

 五回目のコールで、潤は電話を取った。

 『美月ちゃん?』

 うん、うん、と、頷く声が自分でもはっきり分かるくらいに震えていた。

 『今、授業中なんだけど。俺、廊下にこっそり出てきて電話とってるわけ。それを踏まえて、なんの用?』

 いくら声を震わせても、潤の言いようには容赦がなかった。けれど私は、それでこそ潤だという気がして、たまらなく安堵してしまう。

 「兄貴から電話がきたの。」

 『で?』

 「お母さんが、死んだって。」

 『それって、殺人?』

 潤の物言いには躊躇いがなく、すっきりとしていた。やはり、これでこそ潤だ。

 「自殺って言ってた。でも、兄貴がそそのかしたんだと思う。」

 『そそのかした、ねぇ。』

 「私と会ったって言ったんだって。また一緒に暮らしたいって。」

 『そう。』

 潤はそこで一旦言葉を切り、さらりと流れるように次の台詞を口にした。

 『それで? 俺にどうしてほしいの?』

 どうしてほしいのか。

 それは電話をかける前から決まっていた。というか、私が潤に望むことは、いつだって一つきりだ。

 「……一緒にいて。」

 どうかお願いだから、私を一人にしないで。

 電話の向こうで、潤が一つため息を付いた。

 『今、授業中だって言ったよね?』

 「……うん。」

 『単位足りなくなって留年したら、美月ちゃんのせいだからね?』

 「……うん。ごめんね。」

 『ほんとだよ。』

 こつこつ、と、潤の足音が聞こえ始めた。

 潤が来てくれる。

 私は両足から力が抜け、その場に座り込みそうになった。

 『どこ行けばいい?』

 「私の家。場所、駅からすぐだから。」

 『それはだめでしょ。』

 「なんで?」

 『ホイホイ男を家に入れたらだめだよ。』

 「だって、潤じゃない。」

 『俺だって、男だよ。』

 「じゃあ、どうしたらいいの?」

 『駅前のマックで待ってて。行くから。』

 「ごめん。ありがとう。」

 そこで、電話はぷつりと切れた。潤の通う高校は、この駅から二駅行ったところにある進学校だ。

 もうすぐ潤が来てくれる。

 その事実でようやく力を取り戻した私は、スマホを握りしめたまま、駅前のマックに向かった。

 

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