兄からの電話は鳴り止まなかった。きっちり十分間隔で鳴り続けた。

 私はその正確さに恐怖して、鞄の中で震え続けるスマホを、布地の上からきつく抑え込んでいた。

 なにかあった。

 ただの欲で電話をかけてきているのではなく、兄の身になにかが起きた。

 それは確信していた。

 昔から兄は、一度電話を入れたら折返しが来るまで待っているタイプの人間だ。こんなふうに電話を鳴らし続けるのは尋常ではない。

 兄をそうさせる、なにか、が分からないのが怖かった。前に兄が電話を鳴らし続けたとき、相手は蒸発した父親だった。

 本気で父を連れ戻したいと願っていたわけではない。あれは、正気を失いかけていた母に対するポーズでしかなかった。

 だったら、今回は……。

 なにが起こっていて、誰に対する義理で、兄は電話を鳴らし続けているのだろうか。

 駅が最寄りの駅につく。危うく乗り過ごしそうになったが、辛うじて電車を降り、私はホームの真ん中に立ち尽くした。

 電車から降りていく人も、電車に乗っていく人も、邪魔そうに私の身体にぶつかった。

 せめてホームの隅に寄ろう。

 そう思うのに、身体が動かない。

 ホームの隅にうずくまったとしたって、今回は潤が助けてくれるわけでもない。

 私は何度も息を吸っては吐いた。

 呼吸だけに神経を向けていた。

 そうでもしなくては、その場で座り込んでしまいそうだった。

 ゆっくりと、右の足を一歩前に踏み出す。アスファルトの地面は、砕け散ることもなく、当たり前に私の足の下にあった。

 次は、左足を一歩前へ。

 そうやって、なんとかホームの壁際まで歩いていく。そして、ちょうどかかってきた兄からの電話を取った。

 通話ボタンを押す私の指は、みっともないくらいに震えていた。

 「……もしもし。」

 電話の向こうは、静かだった。すべての生き物が死に絶えた後みたいな、冷たい静けさ。

 私は、この静けさを知っていた。かつて感じたことがあった。それは、母が入院した病室で。

 だから私は、また母が入院をしたんだと思ったのだ。兄は、病室から私に電話をかけてきたのだと。

 けれど、兄が告げた言葉は私の想像を飛び越えてきた。

 『母さんが死んだよ。今、部屋で首吊ってる。』

 兄は、常のごとくいっそ爽やかささえ感じられる、柔らかな口調で。

 『戻っておいで、美月。』

 

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