5
ペーパーナプキンで涙を拭うと、そこにはアイシャドウとマスカラの残滓が汚く写った。
兄のためにした化粧。そう思うと、ますますその色が汚く感じられた。
「……汚い。」
思わず呻くと、潤は首を傾げて私の目を覗き込んだ。
「なにが?」
潤の目に、私はどんなふうに映っているのだろう。私の汚さを、一番知っている潤。
「……化粧が落ちて、汚くなってる。」
ごまかすように潤にナプキンを向けると、彼はかすかに眉を寄せ、違うでしょ、と私を叱るような声を出した。
確かに、違う。
「……私は、汚いよ。」
こっちが、本音。
すると潤は眉間の皺を解き、そんなことないよ、と言った。
「美月ちゃんはいつもきれいだよ。大丈夫。」
優しい言葉だった。すべてを知っている潤の言葉だからこそ。
けれど、私はそれを素直に受け止められなくて。
「嘘。」
駄々っ子みたいな言葉。4つ年下の男の子は、困ったようにちょっと微笑んだ。
「本当だよ。はじめて会ったときから、美月ちゃんはきれいなままだよ。」
だったら……、
唇から出てきそうに鳴った言葉を慌てて飲み込む。
だったら、抱いてよ。
それは、一人で暮らしはじめて一月の間、狂ったようにセックスを繰り返していたときの思考回路だった。
その回路を焼き切ってくれた潤にだけは、絶対に向けてはいけない言葉。
だったら、なに?
潤が首を傾げて私と目を合わせた。
私は、何でもないよ、と首を振る。
「何でもないことないでしょ。」
「本当に、何でもないの。」
「嘘つくなら、俺のこともう呼ばないでよ。意味がないから。」
「……そんな、こと、」
言わないでよ。
言葉をなくし、私は必死で潤の目を見つめた。
本当のことは言えない。でも、もう呼ばないでなんて言わないで。
すると、潤が疲れたような、諦めたような、長い息を吐いた。
「わかったよ。言わなくてもいい。」
「……ごめん。」
「ほんとにね。」
トレーの上はいつの間にか空になり、時間もとうに10時半をすぎていた。
潤はそれでも席を立とうとはしない。
「ありがとう。」
言葉は自然と唇から溢れでていた。
「いつもいつも、本当にありがとう。」
すると潤は呆れたようにちょっと笑った。
私は潤に笑い返し、トレイを持って椅子から立ち上がった。
潤もするりと席を立つ。
店の前まで出ると、潤は軽く私に手を振り、そのまま右手の方へ歩いて言ってしまう。別れの言葉を言いそびれたまま、私は左手の帰路につく。
潤に会う前よりも、気持ちはずっと楽になっていた。
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