ペーパーナプキンで涙を拭うと、そこにはアイシャドウとマスカラの残滓が汚く写った。

 兄のためにした化粧。そう思うと、ますますその色が汚く感じられた。

 「……汚い。」

 思わず呻くと、潤は首を傾げて私の目を覗き込んだ。

 「なにが?」

 潤の目に、私はどんなふうに映っているのだろう。私の汚さを、一番知っている潤。

 「……化粧が落ちて、汚くなってる。」

 ごまかすように潤にナプキンを向けると、彼はかすかに眉を寄せ、違うでしょ、と私を叱るような声を出した。

 確かに、違う。

 「……私は、汚いよ。」

 こっちが、本音。

 すると潤は眉間の皺を解き、そんなことないよ、と言った。

 「美月ちゃんはいつもきれいだよ。大丈夫。」

 優しい言葉だった。すべてを知っている潤の言葉だからこそ。

 けれど、私はそれを素直に受け止められなくて。

 「嘘。」

 駄々っ子みたいな言葉。4つ年下の男の子は、困ったようにちょっと微笑んだ。

 「本当だよ。はじめて会ったときから、美月ちゃんはきれいなままだよ。」

 だったら……、

 唇から出てきそうに鳴った言葉を慌てて飲み込む。

 だったら、抱いてよ。

 それは、一人で暮らしはじめて一月の間、狂ったようにセックスを繰り返していたときの思考回路だった。

 その回路を焼き切ってくれた潤にだけは、絶対に向けてはいけない言葉。

 だったら、なに?

 潤が首を傾げて私と目を合わせた。

 私は、何でもないよ、と首を振る。

 「何でもないことないでしょ。」

 「本当に、何でもないの。」

 「嘘つくなら、俺のこともう呼ばないでよ。意味がないから。」

 「……そんな、こと、」

 言わないでよ。

 言葉をなくし、私は必死で潤の目を見つめた。

 本当のことは言えない。でも、もう呼ばないでなんて言わないで。

 すると、潤が疲れたような、諦めたような、長い息を吐いた。

 「わかったよ。言わなくてもいい。」

 「……ごめん。」

 「ほんとにね。」

 トレーの上はいつの間にか空になり、時間もとうに10時半をすぎていた。

 潤はそれでも席を立とうとはしない。

 「ありがとう。」

 言葉は自然と唇から溢れでていた。

 「いつもいつも、本当にありがとう。」

 すると潤は呆れたようにちょっと笑った。

 私は潤に笑い返し、トレイを持って椅子から立ち上がった。

 潤もするりと席を立つ。

 店の前まで出ると、潤は軽く私に手を振り、そのまま右手の方へ歩いて言ってしまう。別れの言葉を言いそびれたまま、私は左手の帰路につく。

潤に会う前よりも、気持ちはずっと楽になっていた。

 


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