「ごめんなさい。」

 溜息の残りで声帯を震わせると、電話の向こうの彼は、呆れたようにちょっと笑った。

 『なんで謝るの? 別に俺に迷惑なんかかけてないでしょ。』

 「……だけど、」

 『誰かに謝りたい気分なんでしょ。』

 突き放したような物言いは、けれど冷たくは響かなかった。私が彼の性格を知っているからだろうし、彼のちょっと高めの声質のせいもあるのだろう。

 「……うん。」

 誰かに謝りたい気分。

 誰かに。

 それは本当は、誰かに、ではなくて、母に、そして父に、なのだ。

 けれどそれは叶わないから、私は彼に電話をする。

 『どうして会ったの?』

 やはり、端的な問い。

 私はぎこちなく、誘われたから、と答えた。それが本当の理由でないことは百も承知だったし、彼にそれを知られていることも分かっていた。

 『違うでしょ? どうしてその誘いに乗ったのかって話をしてるんじゃない。』

 彼は私よりも4つ年下の高校生だ。けれどもその鋭さと冷静さは、到底年下とは思えない。

 はじめて会ったとき、私は彼の可愛らしい容姿と弁舌の鋭さのギャップに随分驚いたものだった。

 「……どうして、だろう。」

 『美月ちゃんにしか分からないよ。』

 「潤になら分かるんじゃないの?」

 『どうして俺に分かるの。』

 「潤は、なんだって分かるんだから。」

 『甘えないでよ。』

 甘えないでよ。

 きつい言葉だろうに、彼の柔らかい声質では、それは全くきつくは聞こえない。いっそ優しくすら聞こえるのだ。

 「会いたい。」

 今度は甘えた自覚があった。潤は、電話の向こうでため息を付いた。

 『今何時だと思ってるの? 俺、明日も学校なんだけど。』

 「今は九時半。学校あるのは知ってるよ。でも……。」

 でも、今潤に会いたい。

 他の誰でもなく、潤に。

 ぎこちなくそう伝えると、潤はまたため息を付いた。

 『美月ちゃんは俺のこと、便利屋だと思ってるでしょ。それか全自動愚痴聞きマシーン。』

 「思ってないよ。」

 『嘘。』

 「本当。」

 『じゃあ……、』

 「潤は潤だよ。私はどうしても潤に会いたいの。」

 電話の向こうで、もう何度目になるか分からない溜息。

 『駅前のマックで、一時間だけ。』

 渋々、といった潤の声。私は嬉しくて嬉しくて、声を弾ませた。

 「ほんと? ありがとう!」

 『じゃあ、後で。』

 素っ気なく言って、潤が電話を切る。

 私は弾むようにベッドから立ち上り、ワンピースの皺も、メイク崩れも構わず、財布とスマホだけ持ってそのまま部屋を飛び出した。

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