4
スマホが振動する。兄からのラインだ。
今日は楽しかったよ。また会おうね。
さらりとした内容だと思うのだろう。私と兄の間にあったことを知らなければ。
知っている身としては、何気ない文面の間から兄が蜘蛛の巣のような細い糸を伸ばしているように感じられて、たまらない。
私を絡め取ろうとする蜘蛛の糸。
かつて、それに喜んで絡め取られた身としては、警戒の感情が一番先に立つ。
ブロック削除。
その単語が頭にちらつく。
けれども私の指は動かない。
怖いからだ、と、私は私に言い訳する。
ラインという通信ツールを失った兄が、アパートまで直接やってくるのではないかと思うと、怖いからだ。
分かっている。
私が兄をブロック削除しない理由は、そんなものではない。
兄を思い出す。
兄の顔ではなくて、兄の指を、匂いを、重さを、思い出す。
下肢がじわりと熱くなる。
未だに振り払えない、兄が与えてくれた快楽の記憶。
スマホを投げ出して、両手で顔を覆う。
忘れたい。
兄のことなど、何もかも忘れたい。何一つもう思い出したくはない。
実際、忘れようとしたことがある。
やり方は単純だ。他の男と寝た。ただ、それだけ。
この一月の間に、何人の男と寝たのか、もう覚えてもいない。ただ、たくさんの夜にたくさんの男にたくさんの場所で抱かれた。
男は簡単に調達できた。ナンパをしてきた男だったり、マッチングアプリで知り合った男だったり、援助交際を持ちかけてくる男だったり。
こんなに簡単に調達できる男が山ほどいるのに、なぜ兄が頭から離れないのかが不思議だった。
兄に似ている男もいたし、全く似ていない男もいた。それは、容姿であれ、セックスの癖であれ。
兄に似ている男を選べばいい、と思ったこともある。容姿やセックスの癖が兄と似ている男を選べば、私の肉も満足するのではないかと。
けれど、どんな男に抱かれても、結局兄の面影は頭を離れなかった。
馬鹿なことをしている。
何度もそう思った。
それでも男漁りはやめられなかった。どうしても。
そのどうしようもない無意味な行為に終止符を打ってくれたのは、兄とはちっとも似ていない男の子だった。
私は深く息をつき、スマホを目の前に掲げる。そして、その男の子に電話をかけた。
一度、二度、三度目のコールで彼は電話を取ってくれた。私は、安堵感でたまらず長い溜息をついた。
すると彼は、会ったの?
と、端的に問うてきた。
あまりにも彼らしいその敏感さに、私はいっそ泣きたくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます