私の父は、家庭的な人ではなかった。

 お金だけはきっちり入れてくれるけれど、それ以外にどこかに連れて行ってくれたり、家で遊んでくれたり、何気ない会話をしたり、そんな家族らしいことをした記憶は全くない。

 その父が、壊れた母を見て取った行動は、迅速だった。

 すぐに精神科に入院させたのだ。母が狂った理由を知ろうともせずに。

 知ろうともしなかった、というのは少し違うかもしれない。

 多分父は、母が狂った理由を察していた。つまり、私と兄になにがあったのかを。

 そうでなければ、あの視線の意味が理解できない。あの、この世で一番汚いものを見るような視線。

 確かに父は、そんな目で兄と私を見た。

 そして、私にも兄にもなにも言うことなく、淡々と荷物をまとめ、家を出ていった。

 はじめ私は、父は出張かなにかで家を出たのだろうと思っていた。もともと出張の多い仕事についている人だった。

 けれど一週間が経ち、二週間が経ち、それでも父は帰ってこなかった。

 捨てられたのだ、と、ようやく理解した。

 母は精神病院、父はどこか知らないところへ。

 私と兄は、二人きりになったのだ。

 「お父さんはもう帰ってこないのね。」

 父が消えて二週間目の夜、私が問うと、兄は確かに頷いた。

 「そうだよ。もう帰ってこない。」

 私は笑った。全身から力が抜けていた。安堵とも、落胆とも、なんとも言えない気分だった。ただ、捨てられた、という感情に混ざって、これで兄と二人きりだ、という喜びも確かにあった。

 兄も多分同じような気持ちだったのだろう。

 母が精神科送りになってから、はじめてのセックスをした。もう誰もいない家で、それでも兄の部屋で、ドアを締めて。

 始めの頃は、まだ恥じらいとも言えるような感情があって、セックスは兄か私の部屋で、ドアを閉ざしてしていた。

 それがいつの間にか、リビングのソファでもするようになった。

 そこからはもう、なし崩しだ。

 台所で食事の支度をしているときに発情したら台所で抱き合い、廊下ですれ違った時に目が会えば廊下で交わり、玄関で手が触れあえば玄関で交わった。

 父も母もいない部屋の中、私達はいつでもどこでも身体を繋げた。性欲は無尽蔵で、恐ろしくなるほどだった。大学には行かなくなった。アルバイトも無断で休んだ。そうやって、私と兄は世間から切り離され、ただお互いの肉に埋もれるような生活を一年間も続けたのだ。

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