駅前のマックに行くと、潤はもう店の前に立って私を待っていてくれた。

 「潤。」

 ちょっと離れた場所から手をふると、渋々といった様子で小さく振りかえしてくれる。

 グレーのパーカーに長めの癖っ毛、色白の潤は、遠くから見ると可愛らしい女の子にも見えた。

 駆け寄って隣に並ぶと、彼は無言のまま店内に入っていくから、慌ててその華奢な背中を追った。

 「奢るよ。なに食べたい?」

 「月見。」

 「あ、私もそうしよう。」

 「そう。」

 「注文してくる。どっか座っててよ。」

 「うん。」

 いつもながら潤はそっけない。するすると私から離れ、空いている二人席に腰を下ろすと、私のことなど見もせずに頬杖を付き、右耳のピアスなんかをいじっている。

 カウンターで注文を済ませながら、私は潤と知りあったときのことを思い出す。

 あのとき私は、虚脱して駅のホームに座り込んでいた。真冬で、壁に押し付けた背中が冷たかったけれど、どうしても立ち上がる気力はわかなかった。

 男に抱かれた帰りだった。マッチングアプリで漁った男だった。

 その男が、兄と同じ香水をつけていた。

 それだけの話し。

 それだけで私は、全ての気力をなくして座り込んでいたのだ。

 どれほどそうしていたのかは分からない。時間の感覚は失せていた。ただ、何度もホームに電車が停まり、沢山の人の脚が私の目の前を通り過ぎていったのだから、多分まあまあ長い時間、私はそうしていたんだろう。

 そんな中、大丈夫ですか、と声をかけてきてくれたのが潤だった。

 詰め襟にスクールバッグを背負った姿で、彼は私の前に身を屈めた。

 『駅員さん呼びましょうか?』

 問いかけられ、私は辛うじて首を横に振った。駅員を呼ばれて解決するような種類の体調不良ならどれだけ良かったかと思った。

 潤は一旦私から離れ、近くにあった自動販売機で水を買って手渡してくれた。私を二日酔いか貧血の女子大生だと思ったらしい。

 ありがとうございます。

 言おうとして顔を上げた。心配そうに私を見下ろす少年がいた。

 その顔を見ると、なぜだか涙が堰を切ったように流れ出した。止めようとする猶予もなくだらだらと。

 潤は驚いたように目を見開いたけれど、すぐにその驚きを押し隠し、私の腕を取って駅のベンチに座らせてくれた。

 『大丈夫ですか?』

 2度目の問いかけに、私は頷いた。涙をぼろぼろこぼしながら。

 すると潤は、困ったように軽く眉を寄せ、大丈夫じゃないでしょう? と、軽く私の顔を覗き込んだ。

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