兄が唇を離してくれない。

 私も兄も、目を閉じたりはしないまま、じっとお互いの目を見つめながら、口づけを続けていた。

 いつも、そうだった。目を閉じて口づけしたことなんかなかった。

 今自分が口づけているのは、他でもなく兄妹だと、それをきつく頭に刻みつけるみたいに。

 いっそ嗜虐的な口づけなのかもしれない。それは、自分自身に対して。

 そのキスは罪だと、それを自分自身に見せつけるみたいに。

 呼気さえ、唾液さえ、罪の味。

 その甘美な味に、私はいつも酔っていた。

 それは、今も変わらず……。

 ようやく兄が唇を離してくれたとき、私はもう膝から崩れ落ちそうになっていた。

 罪の味に酔って。

 いつも、こうだった。はじめての口づけからずっと。

 部屋まで送るよ、と、兄が言った。

 ここまででいい、と、私は拒絶した。

 今、兄を部屋に入れてはいけない。拒めなくなる。拒めず、兄を受け入れてしまう。心も、身体も。

 「送るよ。」

 「いい。」

 「震えてるよ。」

 「関係ないでしょ。」

 「あるよ。」

 「ないわ。」

 「兄妹なんだから。」

 兄妹なんだから? 

 その言葉に私が感じたのは、確かな怒りだった。

 兄妹だからこそ、許されない道がある。

 その道に一度足を踏み入れたのは確かだけれど、父を追い出し、母を壊したのも確かだけれど、なんとか元の真っ当な道に戻ってきたのではないのか。お互いを捨てて。

 それなのに、たった一月でまた修羅の道に戻ろうと言うのか。

 「兄妹だから、だめなんでしょう。」

 怒りのあまり、声が掠れていた。

 兄は静かに私を見下ろした。例のごとく、静かに微笑むような、密やかな眼差して。

 「もう俺は、耐えられそうにないよ。美月がほしい。」

 あまりにも単純なその言いように、私は思わず兄の腕の中に崩折れていきそうになった。

 はじめて私を抱いたときも、兄は全く同じことを言った。

 あのとき私は、泣きながら兄にしがみついた。

 同じ家に住んでいていて、毎日顔を合わせている。そして、お互いに対する欲にも気がついている。

 そんな相手と毎日、指先さえ触れずに暮らすのは、確かに耐えられなかった。

 けれど、今は違う。

 いま、私と兄は、違う家に暮らしている。顔を合わせなくても生活していける。その道を選んだのはお互いの同意があってだったはずだ。

 「私は、ほしくないよ。」

 嘘をついた。その自覚はあった。

 それでもそうする以外、私になにができたというのだろうか。


 

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