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それが嘘であることは、兄にはばれていたと思う。

 曲がりなりに兄妹だ。肉体を貪りあいまでした、兄妹。声音の僅かな変化すら聞き逃さない距離に、いつもいた。

 それでも兄は、それ以上私を追い詰めようとはしなかった。

 そっか。

 ぽつりとそれだけ、言葉を落として。

 帰るよ。 

 兄が言った。

 私はとっさに引き留めようと伸ばしかけた腕を、辛うじて引っ込めた。

 ここで引き止めたら、部屋に招き入れたら、全てが終わりだ。

 「また、食事に行こう。」

 兄の言葉に、私はただ首を横に振った。

 ただの強がり。

 兄からまたラインが来たら、私は応じてしまうだろう。

 食事だけならいいだろう、と。

 そして今日みたいに唇を重ね、次には抱きしめ合い、何度目かにはまたセックスをしてしまうだろう。

 分かってはいる。それは許されない行為だと。人間に残された最後のタブーだと。

 「もう連絡してこないで。」

 きっぱりと言い切ったつもりだったのに、声が揺れていた。

 本当ならこんなこと、言う必要はない。ただラインをブロック削除すればいいだけだ。

 恋人にかまってほしいだけのバカ女みたいなことを言っている。

 自覚はあって、顔が熱くなった。

 こんな事を言うのは、恥でしかないと思った。

 「連絡するよ。」

 兄は微笑んでそう言った。

 私はまた首を横に振って、兄に背を向けた。そのまま小走りでアパートの中に入る。

 部屋の鍵を開け、狭い1kに転がり込む。

 服も着替えず、化粧も落とさず、部屋の奥においたベッドに身を投げた。

 連絡するよ。

 兄が言った言葉が耳を離れない。

 兄からの連絡を、私は待つだろう。待ってしまうだろう。

 仰向けになり、電気もつけていない暗い天井をじっと眺める。

 闇の中、ただじっと。

 そうしていると、兄のことを思い出してしまう。

 どうしても、なにをしていても、私は結局兄の面影を忘れられないのだ。

 美月がほしい。

 単純な言葉で私を誘った兄。

 その前から、私は兄を誘っていた。

 言葉にしたことはない。ただ、思わせぶりな視線を投げるのはいつものことだったし、無防備な下着姿を晒したり、兄の部屋のベッドで眠ったふりをしたこともある。

 そうやって、私は兄が落ちてくるのを待った。決定的な言葉は口にしないで。

 決定的な言葉を告げるのは男の役目だと思っていたふしもある。ただ、もっと絶対的に、私は罪を兄になすりつけようとしていたのだ。

 兄妹で肉体関係を持つ。

 その罪のきっかけを、兄に。


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