第2話 出会い
夏のある日。
私は父の運転する車の後部座席に乗り、実家から八時間以上かかる父の実家へと足を踏み入れていた。
東北大震災の後、そこは廃墟の一体となっている。
親と訪れた父の実家は冷たい廃墟と化していた。
だが、中に入っても思い出すのである。
昼寝をした場所や、親族や今は亡き愛犬と食事をした場所、祖母が握ってくれるおむすび、遥か前に亡くなった祖父がいた場所、二階の寝室などを。
私は潤んだ瞳を隠すように目を腕でこすった。
「どうしたん?」
母が不思議そうに聞いてくる。
「んー、多分ハウスダスト……」
私は母にそう誤魔化して伝えた。
実際に私はハウスダストアレルギーを持っているので、母は苦笑いした。
もちろん、入れるのは一階部分だけだ。
「うげ……。ネズミさんが……」
私は思わず思ったことが口に出る。
しかし、周りは最年少の小娘(※祖母の孫の中で末っ子)が言うのだからと何も言わない。
ただ笑うか苦笑いするだけだ。
ネズミ捕りに引っかかったネズミが……これ以上は言うまい……。
ただし、罠にかかった上で数年間水も食料もない、と言ってしまえば想像は容易につく状態である。
突然、部屋の奥から悲鳴が聞こえる。
「ん? 何やってんの兄貴」
父は困ったように苦笑いして言う。
「ネズミ捕り踏んじまった」
伯父はそう言って、ばね仕掛け型のネズミ捕りを足から外した。
それから数分後の事である。
再び、伯父が悲鳴を上げる。
「え?」
私は思わず悲鳴の方へと顔を向ける。
「だから、何やってんの!」
父は呆れ半分、笑い半分で言う。
「またネズミ捕りだぁ!」
今度は粘着シートのネズミ捕りにうっかりかかったらしい。
伯父は片足でバランスを取りながら、ひたすら必死で粘着シートをはがそうと躍起になっていた。
ちなみに、バランスを崩せばそこにはネズミがご臨終した姿がある。
私は気を付けるよう、内心で祈ることだけをした。
「おばあさんは喪服の帯を持ってるはずなのよ!」
この言葉が発端となった。
祖母の長女、私にとっては伯母が探していたのは、受け継いだ喪服の帯である。
「姉さん、凄いあさり方するな……」
父は呆気に取られている。
だが、タンスから着物が出てくる。
何枚出てきたかなんて、数えきれない。
「うーん、これもシミがね……」
母は発掘された着物を一枚ずつ改めては苦笑いする。
実際、祖母がタンスにしまっていたのは、愛用後の手入れが行き届いていないのかシミが凄まじい着物が多かった。
恐らく、活用できるとしても”布”として、でもギリギリ際どい部分であった。
私は、一枚の畳紙をぴらっとめくった。
「これ、どうなんだろう?」
私は勝手に開けてはいけないと思って声をかける。
「何か見つけたの?」
伯母はすかさず聞き、畳紙を開く。
そこには、オフホワイトの生地で、紺色の秋の葉をあしらった単の着物があった。
「あ、これはキレイよ。シミもない!」
「そうかしら? ちょっと広げて良いですか?」
母は着物を広げる。
「うん、キレイね。シミもないから、着ようと思えば着れるかも……」
「でも、お母さん着物着ないじゃん」
私はすかさず指摘する。
「そ、それはそうだけど……、アンタ着るじゃない?」
伯母は私が着物に興味津々なことに気付いた。
「羽織ってごらん」
「良いんですか?」
「うん。髪だけ軽く結んで羽織ってごらん」
私は背中の真ん中まで伸ばしていた髪をゴムで簡単にポニーテールに結び、言われた通り着物を羽織る。
「うん、良いサイズね」
伯母は笑顔で言う。
おはしょりなども短くても問題なさそうだ。
少々……、いや、控えめに言ってもかなりナフタリンの香りが鼻に着くのはもはやあきらめの境地に達していた。
なにせ、着物はナフタリンの海に沈んでいたのだから仕方ない。
もらうことになれば、実家に帰ってすぐ、風通しのいい部屋でしばらく吊るし、少し臭いを軽減させよう……。
私はそう思った。
「この子にこの着物あげて良いわよね?」
伯母は弟であり、事実上当主の伯父にそう声をかける。
「ああ、持ってけ」
伯父が笑顔で言う。
「大事に着ます」
私は笑顔で言う。
その後も、着物は何枚か見つかった。
だが、私が受け継ぐと決まった着物以外、全てシミがある。
曽祖母も同じ体格だと言い聞かされていた私は、これは祖母が自分名義で買った品と考え付くまで時間を要することになった……。
その後である。
伯母が探していた喪服の帯、そして同じタンスの段から、祖父が使っていたという角帯が見つかった。
青色の帯と、茶色の帯である。
「ほら、これも良かったら持って行きなさい……、でも、あなた女の子だったね。使う?」
伯母は困ったように言った。
角帯は、男性が使うことの方が多い。
女性なら、半幅帯や形式にあった帯を使うことの方が多い。
だが、私には一つ、使い道があった。
「自分の馬乗り袴を着る時に使います。もらって良いですか?」
「袴でも帯でも着物でも、気に入ったら持っていけ」
伯父は苦笑いで言った。
「アンタ、馬乗り袴なんて持ってるの?」
「ネットで探して買っていたし、着方は自分なりで上手とは言えないが、袴は馬乗り袴も行灯袴も持ってるぞ」
父は私の頭を小突きながら言う。
だが、探してもさすがに袴はなかった。
私は思わぬ形で、祖父母の形見を受け取ることとなった。
祖母から着物一枚、祖父から角帯二本と札入れ型の財布である。
「ど、どう使おうかな……?」
私は苦笑いしながら、受け取った遺品の数々を抱き締めていた。
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