第4話 勇者ってこんなもん
「おいしーい。労働のあとのお酒は最高だねぇ。」
マキナさんはジョッキを机に置き、フォークで骨付き肉を口に運んだ。
冒険者御用達のお店『おいし屋』は今日も大盛況だ。ウェイターが急ぎ足でお客さんに料理を提供している。
各テーブルでは、仕事を終えた冒険者たちが夕食を楽しんでいる。一般のお客さんは少ない。ゴミ収集の作業着を着てテーブルを囲んでいるのは、オレとマキナさんくらいだろう。
「どうしたの。食べないの?」
「オレはこんなところで酒飲んでごはん食べてる場合なのかなって思いまして」
「そっか。明日が最終日だったね」
孵化した魔獣を試用期間内に倒せなきゃクビになる。でも、毎日孵化した魔獣と遭遇しているのにまだ一度も自力で倒せていない。毎日、仕事が終わってから訓練しているけど、マキナさんのようになれる気がしなかった。
「なんかこう、簡単に魔獣を倒すコツとかないんですか」
「額の『核』を割る。サッと近づいてバキッ、って」
「サッと近づいてバキッすか」
「そう。サッと近づいてグチャ、でもいいよ」
オレは頭を抱えた。それができれば悩んでねぇ。
孵化した魔獣は、額についた魔石の『核』を割らないと倒せない。動き回る魔獣の核を正確に割るのはかなり難しい。
「焦らずやればいいよ。仕事なんて、いきなり完璧にできるようになるもんじゃないし」
「それじゃ間に合わないです」
「毎日訓練してるじゃない。私はカイ君を信頼してるよ」
顔が熱くなる。もっとマキナさんと一緒に働きたい。孵化した魔獣を倒して絶対正社員になってやる。
「オレ、明日もがんばります」
オレはジョッキを手に取り、一気に飲み干した。マキナさんもジョッキを飲み干して、笑った。
「カイ君なら大丈夫。きっとうまく行くよ」
マキナさんが下を向いて、手をちょこんと小さく上げた。すいませーん、と言ったつもりだろうけど、小鳥のさえずりのような声量だから、騒がしい店内で動き回るウェイターに気付いてもらえてない。
「酒のお代わりですよね」
「え、えと。あと……」
「骨付き肉も追加ですね。頼んできます」
オレは立ち上がって、カウンターまで直接行って注文した。
「あのう、お酒二つと骨付き肉を――」
「すみません。お酒六つ。急ぎで」
男が、カウンターに出してあったジョッキを両手で掴んで持って行く。あ、それオレが頼んだやつ。
声をかける間もなく、男は両手いっぱいジョッキと料理を、鎧を着た三人組がいるテーブルまで運んだ。
「遅っせーぞ。いつまで待たせるつもりだ、ノロマが」
ジョッキを乱暴に受け取った男は、勢いよく酒を飲み干していく。太い樹木のような腕に、剣の刺繍が施された腕章をしていた。勇者試験に合格した、勇者の証明だ。
「Aランクのドラゴン討伐祝いだ。じゃんじゃん飲め。うはははは」
他の二人も冒険者の資格を示す腕章をしていた。鎧の刺繍は戦士、薬草の刺繍は薬剤師だ。お酒を運んでいた男も腕章はしていたが、なんの刺繍もされていなかった。付き人だ。勇者の元で修行しているんだ。付き人の顔には、疲れが張り付いていた。
勇者たちはお礼も言わず、骨付き肉を食らい酒を傾け自分達だけで楽しんでいた。
戦士が骨付き肉をかみ千切り、言った。
「誰も勝てないってウワサだったが、なんとか倒せたな」
「魔剣アドルフスと俺様の力があれば負けるわけがねぇ」
勇者が机に立てかけた剣に触れた。剣の鍔には魔石を装填する穴が開いている。
「高い店で買った甲斐があったぜ。これは伝説級のいい剣だ」
薬剤師が布巾で口元を拭い、首を捻った。
「買った? 金は払ったのか」
「払う必要があるのか。俺様は勇者なんだぞ」
勇者の下品な笑い声が店内に響いた。
勇者試験に合格すれば、誰でも勇者を名乗れるし、魔王を倒す冒険に出られる。勇者免許持ちの勇者は、皆の手本になれ、なんてもう昔の話だ。今じゃゴミ出しのルールくらい守れていない。
腰を屈めた店長が、恐る恐る勇者のそばに立った。
「勇者様。もう少しだけお声を小さくしていただけませんか。他のお客様の迷惑に」
「誰が迷惑だって? 迷惑だって言ったヤツをここに連れてこい」
「いや、それは」
「俺様は勇者なんだぞ。この店は世界の敵である魔王を倒そうとする勇者に、文句があるのか」
「めめ滅相もございませんっ」
店長は逃げるように店の奥へ消えた。他のお客さん達は、勇者と目が合わないように顔を逸らした。
「クソが。気分悪い。おいっ」
勇者のギラついた目が、付き人に向けられた。細い体はビクッと震え、その場で立ち尽くす。
「剣はまともに振れねぇ。敵も倒せねぇ。オトリにしかならねぇ。そんなんじゃいつまで経っても勇者になれんぞ。わかってんのか」
付き人は顔面蒼白で説教を受けていた。ひたすら頭を下げている。勇者は食べ終わった骨付き肉の骨を投げて、付き人の頭に当てた。あいつ。勇者なのに、クズ野郎じゃないか。
「誰だ。俺様のことをクズ野郎と言ったヤツは」
店内が凍り付いたようにシーンとなった。
しまった。無意識のうちに口がすべった。勇者の耳まで届いていた。
周囲の視線がオレに集まる。勇者は乱暴に立ち上がり、オレの目の前に来た。
「舐めたこと言ったヤツは、テメェか」
口を押えても、もう遅かった。
周囲のお客さんは危険を察知し、すぐさま遠ざかった。戦士と薬剤師はアイツぶっ倒されるぞ、という目でオレを見ていた。
オレは勇者を見上げた。デカい。身体が勝手に震えてきた。どど、どうしよう。
勇者は虫を見るような目でオレで観察した。作業着にある『ゴミ収集業者』の刺繍を確認して見下すように言った。
「ふん。ゴミ屋か。勇者である俺様に文句でもあんのか」
「ももも、文句なんて別に――」
その場しのぎの言い訳を考える。頭をよぎったのは、付き人の疲れ切った顔だった。ここで引き下がるのはダメだ。
オレは震える拳をぎゅっと握りしめて、言ってやった。
「ひ、人を雑に扱うのは勇者でもクズです。それでも勇者免許持っているんですか。試験で何を習ったんですか。お店の人や付き人に横柄な態度を取るなんて、それでも勇者ですか。がふっ」
勇者に殴られて吹っ飛んだ。テーブルをなぎ倒して、コップや皿と一緒に床に転がった。背中が、顔がじんじんする。
「テメェ、誰のおかげで生きてられると思ってるんだ。勇者がいるからこそ、安全な街でのうのうと生活できているんだろうが」
胸倉を掴まれて持ち上げられた。身体が宙に浮く。でも、止めない。全部言ってやる。
「他の『勇者』には感謝しているけど、アンタは別だ。付き人は奴隷じゃない。あんたのやっていることは勇者じゃないんだ。
あと、付き人の頭はゴミ箱じゃない。食べ終わった骨は燃えるゴミ箱に捨てる。勇者ってのは、そんなのもわからないんですか」
「クソガキが。俺様に盾突いたらどうなるか、しっかり教えてやる」
勇者が拳を振り上げた。思わず目を閉じる。痛みがこない。恐る恐る目を開くと、マキナさんがオレを抱えていた。
「マキナさん!?」
「明日も仕事があるのに、ケガはダメだよ」
「クソッ。なにすんだ」
勇者は痛そうに手首を抑えながら、マキナさんを睨みつける。マキナさんはオレを優しく床に降ろした。勇者なんて眼中になかった。
「無視するな。舐め腐ったゴミ屋達が。お前も同罪だ」
勇者がマキナさんに殴り掛かる。大木のような腕を、マキナさんは軽く手で払いのける。往復ビンタが勇者の顔に炸裂した。
勇者の態勢を崩して膝をつく。マキナさんは勇者の首根っこを掴み、軽々と放り投げた。
勇者の巨体は宙を舞い、お店のゴミ箱に頭から刺さっていった。まるでゴミ袋が収集車に投げられるような扱いだ。
「ゆ、勇者ぁ。よくも」
仲間の戦士と薬剤師もマキナさんに飛び掛かったが、簡単に返り討ちにされた。勇者と同様に往復ビンタされ、ポイポイッと投げられた。
「もごっもがっ、ぷはあっ。クソがあ!」
勇者は、頭からゴミ箱を外して床に投げつけた。机に立てかけてあった剣に手を伸ばす。鞘から抜き、マキナさんに降り下ろした。
火花が散り、刃が止まる。マキナさんが使ったのは、そこら辺のテーブルにあった普通のフォークだった。
「バカな!? 魔剣アドルフスだぞ」
勇者は動揺しつつも攻撃の手を緩めない。その剣筋は早過ぎて、オレじゃ目で追えないほどだ。剣とフォークが交錯し、火花を上げる。時々、勇者の顔が左右に揺れた。その度に両頬が赤く腫れあがっていった。
マキナさん、相手の攻撃をフォークで捌きつつ高速でビンタしてる。
「この俺様が、ゴミ屋ごときにぃぃぃ」
勇者は剣撃を中断してマキナさんと距離を取った。懐から魔石を出す。戦士が慌てて止める。
「やめておけ。それはやり過ぎだ」
「うるせぇ止めんな!」
勇者は剣のつばに魔石をはめた。刀身に紫電が巻き付き不快な音を立てる。雷の魔石だ。
「Aランクのドラゴンを倒した雷撃だ。勇者に盾突いたらどうなるか、あの世で理解しろ」
勇者が渾身の雷撃を放つ。
マキナさんは指先でフォークをくるくる回し、雷撃を巻き取る。パスタと同じ扱いだった。フォークの先を勇者に向ける。
「お返しします」
「ばべ、ぺぺぺぺぺぺぺッ」
勇者は返された雷撃を全身に受けた。身体を痙攣させ、口から煙を吐いて倒れる。
「勇者が。そんな、そんなバカな」
戦士と薬剤師が勇者の肩を担ぎ、店の出口へ走る。
「クソ。なにかの間違いだ。勇者である俺様が負けるわけがない。そうだこの剣が悪い。ゴミみたいな剣のせいで、こんな目に合ったんだ。ゴミだゴミ。俺様は――」
勇者の捨て台詞が遠くへ行った。一瞬の静けさの後、歓声が沸き上がる。
「すげえな嬢ちゃん。まさか勇者を倒しちまうなんて」
「兄ちゃんもよく言った。勇者相手にすげえ啖呵だったぜ」
みんなに注目されていると気付いたマキナさんは、顔と耳を真っ赤にさせた。
「ごめんカイ君。先帰るっ」
マキナさんはサッとお金をテーブルに置き、両手で顔を隠して店を出た。
あー。よっぽど恥ずかしかったんだ。
「この度は本当に申し訳ございませんでした」
お客の冒険者や店員が褒め称える中、一人だけ頭を下げている。名刺をくれた。
「エメット・ホルダです。勇者の付き人をやっております」
ホルダ……どこか聞いたことがあるような。
「もしかしてホルダおばあちゃんのお孫さんですか?」
エメットさんは戸惑いながらも頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます