第3話 まんじりともせず受け入れろ!
「お、今年は遅刻0か。いいねぇ~。ウチの学園は広いから、迷って遅刻するやつが毎年いるんだけど今年は優秀なようで何よりだぁ~」
そう言ったのは我がクラス2―Cの担任である
8年前の俺は初めて雪堂先生に会うはずだが、やはり記憶の片隅に残っている。となると、やはり俺はタイムリープをしているという事で間違いないのだろう。
だが、なんのために? 意識を失った直後、俺は誰かに会っていた。その時確か、「彼女達を救え」だかなんだかと言われていたような……。
でも、どうせ過去に戻ったのなら、これから発売されて人気になる小説を、記憶を頼りに俺が書けばワンチャン小説家になれるのでは……? いや、ダメダメ。そんな盗作まがいの事をやるほど人間堕ちたつもりはない。盗作ダメ! 絶対!
そんな事をうつむいて考えていると、前方に人の気配を感じた。顔を上げると、実にいい笑顔をした雪堂先生が立っていた。
「や~っと気づいたか。考え事は終わったか? ん? 私の話を無視するくらいだ。さぞ重要な考え事だったんだろうな~」
「あ、いや……」
実際重要な事を考えていたのだが、こういう時は何を言っても言い訳にしかならない。俺は素直に「すいません」と謝った。すると、雪堂先生は、
「わかればよろしい。ちゃんと話を聞いておけよ? 後で聞いてませんでした~は社会人になったら通用しないんだからな」
この人はしっかり謝れば許してくれるのだ。問題を起こした時だって、一見めちゃくちゃな理由であっても、しっかり理由を聞いてから判断するし。
社会人生活を経験したからこそわかる。ちゃんとした「大人」なのだ。
「よし話を戻すぞ~。皆去年経験してるから知ってるだろうが、今日は主に偉い人の話を聞いて終わりだ~。皆大好き半ドンってやつだな。いや、今の子に半ドンって言っても通じないか……? まあいいや、とにかく昼前で終わりだ。だけど、休みだと思って遊ぶんじゃないぞ~?」
雪堂先生はそこで言葉を区切ると、黒板に「履修登録!!」と大きく書いた。
「お昼を食べたら必ず履修登録をする事。今日の14時半から各講義のガイダンスが始まるから興味のある講義は率先して見に行けよ~。履修登録期間は今日から1週間。半期分の講義を全部決めないといけないからしっかり考えるんだぞ。わかったら返事」
なんとも緩い雰囲気だったが、皆履修登録の重要性は去年で痛いほどに理解しているのでしっかりと返事をした。その辺の素直さは学生特有だな。俺なんて恥ずかしくてできない。
「履修登録でわからない事があったら、すぐに私か学生科に質問する事。わからない事をわからないまま放置するのが一番恥ずかしい事だからな~? そして、サークルの勧誘も同時に解禁される。先輩の情報は重要だ。履修登録について質問したりできるから、まだサークルに入ってない人は積極的に入るように」
雪堂先生は一度言葉を区切り、「それから」と続ける。
「一応言っておくが、二回生となった今年からは留年制度が適用される。必修単位と自分が学びたい講義のバランスを考えて、間違っても留年なんてしないように。せっかく周防学園なんていういい学園に通ってるんだから、親御さんに恥じない行動をとるんだぞ~」
周防学園は芸術を学ぶ学園という側面が強い。そのため、創作活動で実績を上げていれば学費免除や成績不振による留年など、様々な不利を見過ごしてくれる。
しかし、学生がそんなホイホイと実績など上げられるはずもないので、必修単位をしっかり取って、その上で自分のやりたい創作活動を行う必要があるのだ。
「ほいじゃ今から、時間割とシラバス、履修の手引を配るから前の人は後ろの人に回せ~」
前の人から分厚いシラバスと履修の手引、それからグレーの表紙の冊子風時間割が回ってきた。
正直、前者2つは楽単の存在をなんとなく覚えているので無用の長物だが、時間割は別だ。これがなければ何時にどこの教室に行けばいいのかわからない上に、履修登録の際に正しく講義の登録ができない。周防学園の学生にとってマストアイテム、はっきりわかんだね。
「よしよし、配り終わったな。それじゃ時間もいいし、学長の有り難い話を聞こうか」
そう言って、雪堂先生はスクリーンの準備をした。棒を使って教壇の上に設置されている白い布状のスクリーンを下ろし、リモコンで映写機を操作した。
学長がスクリーンいっぱいに映り、某か話し始めたが、どうせ録画なのでまともに聞く必要はないだろう。そもそも、毎年話す内容が似たりよったりのものだった記憶がある。そう思い、俺は再び意識を思考の海へとダイブさせた。
まず、現状の把握をする必要があるだろう。俺は8年前にタイムリープするという通常あり得ない事を成し遂げてしまった。
その理由の一端には、まず間違いなく白い世界でみた「彼女」が関わっているだろう。そしてその「彼女」は俺に「彼女達を救え」と言っていた。
果たしてその「彼女達」というのが誰を指しているのかわからない現状、俺にできる事は限られている。というか、そもそもなぜ救わなければならないのか、という疑問もある。
となればやはり、せっかく学生というモラトリアム期間を得られたのだから、誰にはばかる事もなく「小説家になる」という夢に向かって勇往邁進するべきなのでは?
学生という身分はそれだけで武器になる。賞という少ない椅子を奪い合う戦いにおいて、100点の作品が受賞する、という賞があったとする。
その賞に応募した作品が80点で、惜しくも受賞に至らなかった。しかし、学生だから20点下駄を履かせて大賞にしましょう、という事が創作界隈、特に小説の賞に関しては往々にして存在する。
転じて、今学生である俺は社会人の頃に比べて格段にデビューしやすい状況にあるのだ。となればやはり、講義は全て楽単で固めて、持てる時間の全てを小説にあてるべきなのではなかろうか。いや、しかし……白い世界で見た「彼女」の存在も気になる。
まったく、俺はいつからギャルゲーの主人公になったというのか。やれやれ、僕は訝しんだ。
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