エピソード・スリー 進路の悩みと受験期のボードゲーム
どこまで話しただろうか。
ああ、そうだ、学園祭が終わったあたりまでだった。
私はどうも記憶力が悪いので、自分の文章を自分で読み返さねば続きを書くことが出来ないのだ。
それはさておき。
高校二年の授業というと、大学受験に直結するわけではないのだが、高校三年で本格的に受験を見据えた授業になってきた頃に、ここでの積み重ねが活きてくるもので、そのうち三週間も全く授業を受けていなかったとなると、遅れを取り戻すのにそれは苦労したものだ。
まあ、高校二年の勉学のレベルでは理系教科ならば公式や定理などの証明は教科書に全て記載されているのだから、二回、三回と読み返せば定期テストレベルの問題を解くことなど造作もないのだが。
問題は文系の科目である。
社会科目はまだマシだ。授業でも教科書の本文を読み、資料集でその時代の出来事に触れる程度で、悔やむならば社会科の教員はどこか頭のネジが外れている方が多いものだから、無駄話と言うと聞こえは悪いが、教科書の出来事の背景やネタなどを授業中に話し始めるので、それが丸々三週間も聞けなかったのは私にとって大きな損失であっただろう。
しかし、国語となると話は変わってくる。
教科書は現代文であれば小説や小論文、古文であれば例えば源氏物語や枕草子など、文章を寄せ集めただけで、解説などは一切記載されていないものだから、授業を聞かないことは即ち定期テストの点数に影響する、ということだ。
幸い、前に述べた気もするのだが、ライトノベルを好んで読むくらいには文章を読むことに苦痛を感じてはいなかったものだから、現代文は授業中に教員が発したことを問題に出されなければ、その場の読解だけで赤点は回避できるのだが、前述の通り私は物覚えがどうも悪いものだから、古文や漢文になると赤点の常連であった。
古典は暗記することが多すぎるのだ。そのような性質を持ちながら、日常生活では全く役に立たないのだから質が悪いもので、理系科目であればロジカルで暗記に頼るような力技を使わなくても良いし、例えば昨今の情報社会でのファクトチェックにそれは役立つ知識が多いのだが、古典という教科においてはある程度の法則を超えてしまえばその先は個人の暗記力に頼るしかないわけであるから、まあ、端的に言ってしまえば私は嫌いな教科だった。
今になれば、例えば鴎外などを読もうとすると文語体で記述されているから古文の知識や語彙も必要で、あくまで私個人は後悔しているものの、そもそも現代社会においてわざわざ古い小説を読もうとする馬鹿者は私だけで十分であろう。
つまりは、一般的な人にとってはただ暗記に時間を浪費するだけで、社会に出てもなんの役にも立たない科目であったと私は思っている。
……話が大きく脱線してしまったようだ。
つまりは、古典以外の教科では平均点前後の可もなく不可もなくといった成績であったが、古典に限った話をすれば私は赤点部屋の常連客だったのだ。
まあ、高校二年の授業レベルで平均点程度しか取れないのも三年に進級すると色々と問題が出てくるのだが。
そんなこんなで、私は学園祭以降も授業中の居眠りを続け、試験直前に教科書を何度か読み、可もなく不可もない成績を取りながら生活を送っていた。
当時の私の楽しみは、放課後の教室で独りでギターの弾き語りをすることであった。
八王子の下倉さんのところで、確か肉離れを起こした頃とほぼ同じ頃、だいたい一年生の一月に購入したヤマハの安いが割と音は気に入っているアコースティックギターが家にあったので、部活も辞め、映像制作の時間も浮き、何かに打ち込もうと思って本格的にギターを始めたのだ。
初めは本当に独りでやっていたのだが、クラスメイトのほんの数人ではあるが、放課後の私の過ごし方に興味を持ち、下手くそではありながらも弾き語りライブをしていたものだ。
最初に覚えた曲は尾崎豊の僕が僕であるためにだった。
尾崎豊の話は長くなりそうなので、また音楽の話題になったときに触れようと思う。
まあ、そんな過ごし方をしていたもので、打ち込むものがギターではなく勉学であったならまた人生も変わっていたのだろうけれど、この経験は私にとって代え難いものになっている。
そんなこんなで、志望する大学は、今から準備しても音大には合格出来ないだろうから、音響などのメディア関連の勉強が出来る大学に行こうとしていた。
先取りしてしまうと、その大学には行かず、工業系の大学に進むことになるのだが、それはまた先の話である。
つまるところ、勉強もせずにギターばかり弾いていたものだから、三年に進級して受験勉強が本格化したとき、ただでさえついていくのに精一杯だった授業に取り残されるようになったのだ。
それとほぼ同時期、三年生の始まり頃、私のクラスの教室では、放課後に私のクラスや他のクラスのあぶれ者たちが合わせて十人ほど集まり、最初はトランプで大富豪や七並べから始まり、誰かがモノポリーを持ってきた頃から、色々なボードゲームで遊ぶようになった。
もちろん他のクラスメイトたちは塾へ向かうなり、自習室へ向かうなりして、しっかりと大学受験に向けて準備をしていたのだが、私たちは一学期、夏休み、二学期、冬休み、受験の前日すら教室に集まりボードゲームに打ち込んでいた。
そんなことをしていたから、当然メンバーは全員第一志望どころかどこにも合格出来ず、浪人することになったのだが。
やはり授業というものは、思いの外、大切なものであると痛感した。
……そういえば、一人だけ、土日祝日も含めて朝から最終下校時刻までボードゲームで遊んでいながら旧帝国大学の名門へ合格した奴はいた。
やはり出来る人はやらなくても出来るものなのだな、と思い知らされた記憶がある。
というわけで、ここまで三回に渡って私の高校時代を簡単に振り返ってみた。
次回からは浪人時代から大学生活の始まりまでを語るとしようか。
それでは諸君、またの機会に。
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