エピソード・ツー 二年生の学園祭

 部活も辞めてしまい、何をする訳でもなく、夏休みの教室でぼーっと過ごしていたある日。

 隣のクラスから割と多い人数の話し声が聞こえてきているのに気付く。

 そのクラスの連中とはまあ、割と仲の良い方だったから、覗いてみることにした。

 私が何をやっているのか、と尋ねると、学園祭の出し物の映像を撮ろうとしているところなんだ、とその中の一人が答えた。

 映像の上映は学園祭や文化祭などの出し物の中では割と定番ではあるが、カメラの回し方や音声との擦り合わせ、そして映像編集など、意外と専門的な技術が必要になり、たいていの学校の出し物では素人クオリティの作品が顕著だ。

 私は隣のクラスのだいたいの人柄を思い浮かべながら、集まっていた顔つきを眺め、そのような技術を持っていそうな人物が見当たらないのを受け、音声と編集の技術者はいるのか、と尋ねた。

 集まっていた面々の空気が止まったのは、気のせいではないだろう。

 映像制作ってそんなに難しいことなのか、といった表情だった。

 当時の私は、まあ簡単にではあるが映像の編集能力もあったし、音声と映像の擦り合わせなども知識はあった。

 だから過ちを犯したのだ。

 仲が良いとはいえ、全く関係ないクラスの映像の編集を引き受けることにしたのだ。

 部活を辞め、気が滅入る中で何か打ち込むものが欲しかったのだろうと、当時を回想すると、そんな感情だったのだろう。

 リーダーの女子曰く、ドラマの予告映像の音声に合わせて、それっぽいロケーションを探して自分たちが演じる、といったコンセプトの映像を作りたいそうだ。

 まあ、そのくらいなら、口の動きが実際に使う音声の速さにある程度合っていれば、造作はない。

 そんなわけで、次の日から学園祭の当日まで、怒涛の日々を過ごすことになる。


 翌日。河川敷でのシーンを撮るべく、学校から歩いて二十分ほどの浅川の河川敷に来ていた。

 カメラや三脚など重い機材を持ってきたのは当然ながら私だ。

 私のカメラは画質こそまあまあ良かったものの、意外と重さがあったため、運ぶのに苦労した記憶がある。

 面子も揃い、さあ、撮影だ、となったのだが、演技経験者は皆無。

 私も映像の知識はあれど、演技の知識はからっきしであったので、イヤホンで原作の音を聞きながらカメラを覗き込みディレクションしながら、口の動きがある程度合致するまで何テイクも撮った。

 なんとか陽が沈む前には、全ての映像を撮り終えることができた。

 我ながら初めてにしてはなかなか良いディレクションが出来たと思う。


 初めのうちは、ドラマの予告編を三から四本ほどで終える予定だったので、夏休み中にはクランクアップが見込めそうだったのだ。

 撮影と同時並行で編集作業を進め、当日の五日前までには全ての工程を終えるつもりだった。


 全てが狂い始めたのは、一本目のドラマの映像が想定より早く完成し、リーダーの女子に納品してからのことだった。

 曰く、すごく完成度が高い、と。

 このペースで作れるならもっとたくさん撮りたいと言い出したのだ。

 待て待て、今は夏休みだからこの速度で作業出来ているが、二学期が始まったらこうはいかない。

 しかしリーダーは止まらず、撮りたいドラマの予告編の映像を片っ端から私に送りつけてきたのだ。

 これはノーと言えない私の性格にも落ち度はあるのだが、駅伝を失った私は盲目であった。

 ぽっかりと空いた心の穴を埋めたかったのだろう、その無茶な発注を、私は了承してしまったのである。

 幸い、夏休みの課題は終わりが見えていたので、ほとんどのリソースを撮影と編集に割くことができた。

 問題は九月に入り、二学期が始まってからである。

 放課後は撮影、そのまま映像を持ち帰り、寝る間も惜しんで編集作業に没頭し、そのまま翌朝を迎え、授業中に居眠り、そして放課後撮影に向かう生活……。

 これが学園祭の日まで、だいたい三週間ほど続いた。

 そして、一作品、映像が完成する度に増えていく発注……。最初は三分から四分ほどの予定だった映像が、気付けば二十分近くになっていた。

 その頃には授業の時間で睡眠を取り、他を全て映像制作に費やす日々だった。

 後半は編集作業に集中するため、撮影は件のリーダーに任せていたのだが、私が撮るよりも時間がかかり、指定した納期が学園祭の三日前であったのだが、納品されたのは学園祭の前日のお昼頃であった。

 私が撮る際はディレクションも行なっていたので、編集では音声と演技のタイミングを合わせるだけで良かったのだが、納品された映像は、まあ、酷いもので、音と口の動きが合っていないのを倍速調整などをかけて合わせたり、手振れが酷いのをなんとかプリセットの補正で画角に収めたりと、手間が増えてしまった。

 納品されてからその作業を終え、やっと音合わせとなり、気が付けば完全下校時刻。

 私の高校では徹夜での居残りが出来ないので、仕方なく家に持ち帰り徹夜で編集作業、一睡もせずに登校し、学校でも編集作業を進めた。全工程が終わったのが八時半頃で、そこからディー・ヴィ・ディープレイヤーで再生出来るようロムに書き込んで、なんとか納品できたのが学園祭の一般開場の五分前ほどだった記憶がある。

 ちなみにだが、自分のクラスでもないのにプロジェクターの設置、カラートーンの設定、スピーカーとの接続、イコライジングなどの作業は全て私が行なった。

 それに時間を割いたこともあり、編集作業が押していたのは明白であったが、開場間際とはいえ間に合ったので私の中では良しとしている。

 映像のクオリティが高いと話題が話題を呼び、具体的に何人を集客したかまでは覚えていないが、後日リーダーの女子が集客数で校長から表彰されていた記憶がある。

 ちなみに私のクラスは何をしていたかというと、同じく映像制作をしていたのだが、他に技術を持った人間がいたので、完全に任せきりだった。

 完成度はああ、高校生が背伸びして頑張ったんだな、というレベルで、私の作品には及ばなかったが、私が不在の状況でよくあのレベルまで引き上げてくれた、と思っている。

 後日談。学園祭の代休だけでは疲れが取れず、私は加えて二日ほど学校を休み、やっと睡眠時間を確保できた。

 そして久々にしっかりと授業を受けたのだが、三週間近く全ての授業を居眠りし、映像制作にリソースを割いていた私には何を言っているのか分からないことだらけで、結局居眠りする、という悪循環に陥った。

 これが後々、受験期にまで影響を及ぼすのは、また次の機会に話そうか。


 今回はここまでにしよう。

 それでは諸君、またの機会に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る