別れのとき(その4)

「いっそのこと、おばあさまも王都に居を移してしまってもよいのではなくて?」

 意外な提案にギルダは面食らってしばし言葉を失った。そんな彼女にフレーベルが続ける。

「お父様は皆の前ではああだけど、リアンおばあさまの最期を看取れなかったのがやはり残念だったみたい」

「思い返せばメルセルの時もそうだったが、遠く離れて暮らしておればそのようにもなろう。……だが私はべつだん、すぐに死ぬ予定はないぞ?」

 ギルダはにべもなくそういうと、続ける。

「居を移すと簡単にいうが、厄介ごとを持ち掛けられて頭を抱えるトビアスが目に浮かぶようだ。この村であれば診療院の働き口もある。私については余計な心配はしてくれなくても結構だ」

 それでも、是非にと請われてフレーベルの結婚式には出席の意向を示したのだった。

 久方ぶりに大勢の人間が村を訪れたものだった。彼らが帰ってしまうと、村はどこかがらんと静まり返ってしまったように思えた。

 とくに、葬儀が行われた礼拝堂は、入りきれぬほどの人が集まってきていただけに、無人の今は普段以上に広く思えたものだった。

 思い起こせばアンナマリアも同じ礼拝堂で葬儀を行ったものだった。彼女らのようにそうやってギルダが見送った者もあるし、遠く報せだけを受け取った者、フレデリクのように見知らぬ土地で帰らぬ者となったのもある。それどころかかつての戦場ではギルダ自身が魔女などと呼ばれて幾多の名もなき者たちの命を無情にも散らせていったはずだった。

 そんな者たちが弔われていった先に、たどり着くべき安息の場所があるのだ、という教えを説くために本来この僧院や礼拝堂はあったはずだった。

 そしてリアンを見送った今、ギルダの思いの中にあったのは、人造人間の自分が人間のようには死や老いを知らぬからといって、本当に未来永劫に存在しうるのか、という疑問だった。

 コッパーグロウが塵と灰になって消えていったのはあくまでギルダの炎に焼き尽くされた結果だと分かってはいたが、彼女自身もまたいずれ予告もなく、ある日突然に同じように塵に変わってしまうのでは、という漠然とした思いがいつの頃からかギルダにはあったのだ。刃を受ければ傷つき血を流す肉体はある。その身体がリアンを産み落とした事は奇跡のような出来事だったかも知れないが、そのような肉体があったからと言って、その実はもしかしたら元々が塵や砂のようなものが、クロモリがかけた魔法でたまさか人間のように象られているだけで、ある日突然その魔法が解けてまた元の塵に戻ってしまうのでは、という……これは本当に根拠のない、漠然とした不安に似た予感めいたものを彼女はずっと胸の内に抱えていたのだった。

 ことに、いつまでも礼拝堂に留まっていれば、ことさらにそんな思いばかりが浮かんでくる。それ以上そこにいても仕方がない、と診察室に戻ろうとしたその時だった。

 誰もいないはずのその礼拝堂に、人の影のようなものが、一瞬見えた気がした。

「誰だ……?」

 入口の扉からもう一度振り返って広間を見回すが、誰の姿も見出せない。だが確かに誰かそこにいたような気がして、商会の者たちが式のあときれいに並び直していった長椅子の間を一つ一つ、歩いて確かめて回るのだった。

 そうやって椅子の隙間をのぞき込むギルダの視界の片隅で何かが動いて、彼女はそちらを振り返ろうとして、思わずバランスを崩して膝をついてしまった。

 杖を取り落とし、両手を床についたまま、今度こそ彼女は礼拝堂の中に何者か人の気配を察知していた。

 礼拝堂の正面に、いつの間にかうっそりと立ち尽くす長身の男がいた。

「……クロモリ?」

 その姿を目の当たりにして、ギルダは思わず息を呑んだ。

 まさかそのような場所で再会を果たすなど、予想だにしなかった。

 それはあの内戦以降行方知れずになったと聞かされていた、魔法使いクロモリその人に間違いなかった。

「クロモリ……なのか? 本当に、あなたなのか?」

 いったいどれほどぶりになるだろう。人造人間として造り出されたギルダは王宮に引き渡され、おそらくはその時が彼と最後に出会った時ではなかったか。数十年ぶりの予期せぬ邂逅であった。

 ギルダはどうにか立ち上がると、その人影の方へと恐る恐る歩み寄る。

「魔法使いクロモリ、私の事を覚えているか。あなたが手掛けた十七番目の人造人間にして、完成へと導くことが出来た五体のうちのひとつだ」

 彼女の問いかけに、うっそりとした声で、返答があった。

「番号ではなく、名前を付けたはずだ。自分の名前などすっかり忘れてしまったというのかね、シルヴァよ」

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