別れのとき(その3)

 リアン・アルマルク死去の報はすぐに王都に届けられ、現在のアルマルク商会の当主である長男トビアスが娘婿と数名の供をつれて自ら早馬を飛ばして駆け付けた。

 メルセルとリアンがまだ草原や砂漠を忙しく往来していた頃、まだ幼かったトビアスをウェルデハッテで預かっていたこともあった。そんな風に幼少期を過ごした村に久しぶりにやってきたトビアスは、今やすでに壮齢を過ぎて初老の域にさしかかろうかという年の頃で、年齢もその風貌も、リアンとメルセルが結婚した当時のその父クロード・アルマルクにどこか似通っていた。そんな彼も両親が築いた大店を切り盛りする、いまや王都きっての大商人であった。父メルセルを早くに見送り、母リアンについてもその最期はある程度覚悟は出来ていたのだろう、表情は硬かったが、取り乱した様子は少しも見せなかった。

 トビアスだけではない、その妻と娘のシャルロッテも続く馬車で駆け付け、さらにトビアスの二人の弟、それぞれの家族も次から次へウェルデハッテを訪れる。フレーベルも妹に少し遅れて、リアンが受け取った手紙にあった、夫となる予定の正騎士を伴って弔問に訪れた。リアンの子や孫のみならず、共に砂漠を旅した叔父イザークの側の親族一家や、結局騎士にはなれずに王国軍の連隊で下士官のまま軍務を勤め上げたメルセルの弟の家族、アルマルク商会からも使用人が幾人かトビアスらにともなわれて村にやってきており、元々の村人の数がそれこそ倍にでも増えたかのような賑やかしさであった。そうは言ってももちろん用向きはリアン・アルマルクの葬儀であるから、声高に騒ぎ立てるものもおらず終始しめやかな雰囲気のままに諸々が進められていくのだった。

 アンナマリアが生きて傍らにあれば、そのような人々の群れを眺めるギルダに何か皮肉の一つでも言っただろうか。人造人間の彼女からリアン一人が生まれてくる事に右往左往していた日々を思えば、今彼女の目の前にいるこの大家族たちを見て、得体の知れぬ人造人間から生れ出た者たちだと説明してもにわかには信じてもらえなかったかも知れない。

 一同を遠巻きに見ているギルダの前に進み出てきたのはひ孫のフレーベルだった。彼女自身もすらりと長身であったが、傍らに立つ騎士は、彼女よりもさらに頭一つほども背の高い、ひょろりとした若い男だった。

「フレーベルか。リアンから聞いたが、結婚する事になったそうだな。……そのお隣の騎士殿がお相手なのか?」

「ええ。本当はこんな折ではなく、もっときちんとご挨拶に来たかったのだけど。紹介するわ」

「王国軍正騎士を拝任いたしております、アントンと申します」

「正騎士アントン。……貴殿は結婚したら、正騎士を辞して商会の仕事を手伝うのか?」

「近衛のように出世の望みがあるわけでもなし、このさい王国軍なぞ辞めてしまえとわたくしめの両親も申しておりましたが」

「騎士たる者、剣となり盾となって忠義に殉ずる誓いをそう簡単に投げ出すわけにもいかぬであろう。そなたが騎士の職を辞するか辞さぬかはさておき、残りの人生をかけてフレーベルの身柄と名誉を身を挺して守ってくれるのであれば、こんなに頼もしい事はない」

 去り際に、騎士アントンがフレーベルに、今の人は誰?と耳打ちしているのが聞こえて、ギルダは一人苦笑いした。

 リアンは生前から、いずれ自分の墓はウェルデハッテに、という意向を示していた。妻がそうであるのに夫が別の地というわけにもいかぬからと夫メルセルもそれに倣い、彼は先に村の墓地に埋葬されていた。リアンも生前すでにおのれのための埋葬地をその隣に用意しており、予定通りそこに埋葬される運びとなった。

 エーミッシュ王の治世、王国はかつての賢王の時代の繁栄を取り戻していた。老域に差し掛かった王はおのが父の代に起きた混乱を鑑み、自身が生きているうちに若き長男に早々に王位を譲り渡した。そのような世の中のうつろいをこの寒村から眺めながら、ギルダの周囲の人々も一人、また一人とこの世を去っていく。ハイネマン医師もアンナマリアもすでにこの世にはいない。ロシェ・グラウルもいずこへかと行方をくらませたまま時代の表舞台を去って久しい。あの騎士オーレンもうだつの上がらぬまま近衛騎士の任を定年まで勤めあげ、その後どうなったかは聞いていない。

 生前の本人の希望の通りに、村の診療院の礼拝堂でしめやかにリアンの葬儀は執り行われ、予定通りに村の墓地に埋葬された。その隣にメルセルが眠り、同じ墓地の片隅にはリアンがもう一人の母と慕ったアンナマリアも葬られている。葬儀が終わればアルマルク商会の者たちは再び慌ただしく王都へと戻っていった。孫のトビアスは商会の代表として堅苦しい挨拶をして去っていったが、フレーベルだけがひ孫の立場からギルダにこのような事を言う。

「おばあさま。私の結婚式には出席してくれるのよね?」

「どうだろう。私が王都へ行くときにはよくない事が起こりやすい。つつがなく式を終えたければ私の事は忘れた方がよいかも知れぬぞ」

 過日リアンに返した答えと同じことを花嫁となる予定の当人に告げたが、冗談と受け止めたようだった。

「いっそのこと、おばあさまも王都に居を移してしまってもよいのではなくて?」

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