御前裁判(その7)

「何しに来たのだ。貴公とて近衛騎士としての日頃の務めがあろうに」

「日頃の務めと言いましても、私は相変わらず離宮詰めですからね。今日も例によってシャナン様の使いで来ました」

「シャナン殿とはウェルデハッテでお会いして以来だが、今どうされていらっしゃるのか」

「いや、それがもう……姫殿下に続いてリアン殿までが逮捕という話に、それはそれは心配しておいででしたよ。何でも報せを聞いたその場で卒倒してお倒れになりそうになったとか。丁度私めは王都を離れて不在でしたが、帰参したさいに一体どこをほっつき歩いていたのかと散々にお叱りを受けてしまいました。実際に逮捕されたのはギルダ殿で、リアン殿は国外に向かわれた旨ご説明しましたら幾分かは安心されたようでしたが、それでも事の成り行きは大変に気をかけておられまして」

「そうか」

「今日も、本当はこちらにどうしてもお越しになりたいとの事だったのですが、シャナン様の動向は近衛がずっと監視していて、外出されればその動きは筒抜けですからね。ギルダ殿の居場所がそのような形で露見するのもよくないとご説明いたしまして、どうにか納得していただけました」

 そのように気苦労を語ったオーレンだったが、当のギルダはといえばただ短く相槌を打っただけであった。ギルダには何かと邪険に扱われがちなオーレンだったが、そもそも離宮を何日も空ける事になったのも彼女が逮捕されて国境から王都までを駆けずり回っていたからであって、それでシャナンに叱られたというのであれば、随伴してもらっていたアンナマリアなどはさすがに内心申し訳なく思ったりもするのだった。

「で、今日のところの用向きは何なのだ」

「色々とご報告がありまして。まずは裁判についてですが、当日あのあと一時逃亡したという体で一応は捜索の命令も下されていたという話ですが、翌日ギルダ殿不在のまま裁判が再開されまして、アルヴィン殿下のお子である旨の嫌疑については不問という事になりました。その日のうちにギルダ殿……というかリアン殿の身柄を釈放とする旨の決定が出ましたので、現在のところそれ以上あなたの身柄をどうこうしようという話にはなっていません」

「リアンに関してはそれとして、人造人間が王宮を荒らしたのはまた別件という事はないのか」

「少なくとも近衛や憲兵隊の方で何かしら捕縛の命令が出ていたりという話は聞いていませんね。あの日裁きの場にいたのは人造人間のギルダ殿ではなく、あくまでウェルデハッテで身柄を取り押さえられたリアン殿、という体で諸々処理されているという風に自分は理解していますが」

「じゃあ、私とギルダが自由に王都を出入りして、咎め立てされる事は何もない、という事?」

「そういう事になるかとは思います」

「そうであるなら、シャナン殿にも別にこちらにご足労頂いてもよかったのではないか」

「そうなんですけど、シャナン様はシャナン様で、姫殿下に倣って叛意ありという疑いを近衛からは向けられていますからね。せっかく自由の身になれたのに、接見の事実を持ってして、やはり姫殿下の謀反の疑惑に連なる者だったのだ、とみなされてもお互いに面白くはないですし」

「それもそうだが、そもそもリアンについて言うなら、姫殿下の側仕えであったという所からの疑惑ではないか。無事の釈放となって、女官長が労いにやってくるのがそれほど疑わしいのか?」

「まあ、そうかも知れませんけど、無用な疑いなど持たれずに済むに越した事はないかと。裁判の決定はともあれ、姫殿下の件もあのような結果になって、近衛としては何処かで失点を回復したいでしょうからね。……シャナン様からも、もしもという事もありますので念のためウェルデハッテまでの道中の警護につくようにと、きつく言い渡されておりまして」

「別に必要ない。接見が誤解を招くというなら護衛はどうなのだ。そもそも離宮詰めの近衛騎士だからと言って、シャナン殿が貴公の直接の上官というわけでもあるまいに。貴公にはアルマルクの一同の護衛まで申し付けたり、確かに何かと世話になってはいるが……姫殿下ご存命の折であればまだしも、どういう名目でこの期に及んで私の護衛役まで務めるというのか、本来はそういう筋合いではなかろうに」

「私もそれはちょっと気になるけど……」

 アンナマリアもそういって首を傾げる。険を含んだ物言いのギルダであったが、指摘そのものは正論と言えば正論ではあった。

「それもそうではありますが……シャナン様からは、そもそもの騎士の誓いに従い、ご婦人の身柄と名誉をお守りしろ、と」

「どこかで聞いたような話ね」

 苦しまぎれの反駁に、アンナマリアがにべもなく相槌を挟む。その言葉にまさにしょぼくれた複雑な面持ちを見せるオーレンであった。

「思い返せば過日、姫殿下からまったく同じように言われていたわけですが……確かに、正式に近衛騎士としてそのように辞令が下ったというわけでもなく、あくまで形式上はシャナン様からの個人的なお願いという形にはなりますね」

「それで、いざとなれば国法を破る羽目になるというわけか。騎士オーレン、そなたにそこまでの覚悟があるのか?」

 ギルダに問い詰められぐうの音も出ないオーレンだったが、かと言って今更シャナンに対しどう弁明したものかも見当が付かなかったので、結局ウェルデハッテへの帰途につくべく王都を出立する両名に、彼もまた同行する事となった。

 結論から言えばオーレンの同行の有無に関わらず、ギルダとアンナマリアが王都を出ていくのを咎め立てたり、道中を妨害したり、あとを不審に付けてくるものも結局は誰もいなかったのだが。

 国王クラヴィスが死去したという報が村にもたらされたのは、それから一か月も立たないうちの事だった。伝えられる所によれば、若き王子エーミッシュがすぐに即位し、これに異を唱えるものは表だっては誰もいなかったという。

 そして、彼が即位して一番最初に行った事と言えば、それは意外にも自らの母である王妃カタリナの逮捕であった。

 罪状としては、先のクラヴィス王を教唆し無実の者を多数、反逆者に仕立て上げたというもので、若き新王自ら立ち会っての御前裁判ののちに王妃……新しい王太后は投獄の憂き目にあったという。これ以降、反逆者として収監中の者たちについて次々に裁判のやり直しが行われ、多くはその罪が撤回され釈放されていった。その中でユーライカ姫のように無念にも獄中で亡くなったり、処刑されてしまった人々についても、その中の幾人かは被告人不在のまま法廷にて正式に反逆の嫌疑について撤回が決定され、彼女の名誉は無事に回復されるに至ったのだった。



(第5章おわり 次章につづく)

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