御前裁判(その5)

 いよいよギルダは、高貴な王族の御方々に相対したのだった。

 彼女の眼前に、怯んだ素振りもなく座したままそこまでの成り行きを見守っていた、エーミッシュ王子の姿があった。

 王妃はと言えば、恐慌からすぐに席を立ち、衛兵が守りを固めるその向こう側で護られていた。王子だけは、怯えて動けないという風でもなく、敢えて座したまま、人造人間に詰め寄られるままに真正面から相対する形となったのだった。

「……面白い、僕を殺すつもりなのか!」

「殺して、一体何になるか」

 ギルダがそう言って右手を少年の眼前に突きつける。寸鉄を帯びぬ彼女が暴れるままに、その場は騒然としていた。周囲の衛兵達がギルダを少年の前から引き離すべく駆け寄ろうとするが、彼女の空の手から突然炎が噴き上がり、王子とその兵士の間が分断されると、誰しもが恐れて後ずさるのだった。

 ギルダはその燃える右手を王子に突き付けたまま、王子をちらりとみやって、その次に背後の群衆に向かって叫ぶ。

「聞け! わが娘リアンがアルヴィン王子のご落胤であるなどと、誰が言い出したか知らないがとんだ言いがかりだ! リアンはこの私が実際に腹を痛めて産み落とした娘、その父親は農民兵崩れの飲んだくれのフレデリクだ! 高貴な御方の落胤などであるものか! ……そうだ、いかにも私は人造人間だ。戦場で魔女と恐れる声もいくつも聞いた。だが元を正せば、魔法使いクロモリが私を作ったのは、かつてこの国の王だった御仁が名もなき若者が戦場で命を落とす事に心を痛め、彼らの代わりとなるためであった。……だがそれがどうだ!? 私は戦場で幾多の名もなき農民たちを殺した。その死体を焼け野原となった田畑に、それこそ山と築いてきた。お前たち人間に、そのように命じられたからだ! そのような苛烈な戦さの果てに、ようやくもこのように新しく国を立て直したはずなのに、新しく王となった御仁もまた多くの人々を投獄し、恐怖で国を治めようとしている。その御仁も病には勝てずこの世を去ろうというとき、次の新しい王を選ぶのにまた幾多の犠牲が必要なのか? その犠牲をお前たちはこの私や娘にも強いようとしているのか。一体あと何人が、そのような下らぬ争いごとのために命を落とせばよいのか。私が主君と慕った姫殿下がその身を捧げて国を立て直してきたのは、そのようなやくたいもない諍いのためだったのか!?」

 叫ぶギルダの燃える右腕が、彼女が叫んだと同時にまさに憤怒と等しき炎を吐いて、裁判の間の高天井に向かって真っ赤な火柱が上がる。火の粉が高座の一段下でギルダを取り囲もうと寄り集まっていた衛兵たちの頭上に降り注ぎ、彼らは右往左往してうろたえるのだった。

 一方で、畳みかけるギルダの言葉に、それを傍で聞いていた王妃はすっかり恐慌を来たしていた。武器を持った男たちを物ともせず、意のままに紅蓮の炎を繰り出す彼女が自分やおのが息子に詰め寄るその光景は、命の危険を感じるには充分だっただろう。

 だがエーミッシュ王子はそんなギルダと真正面に相対しながらも、すこしも怯えた素振りを見せなかった。いや、内心に全く危機を覚えていない事も無かっただろうが、自分の席に腰かけまっすぐに背筋を伸ばしたまま、敢えて毅然とした態度を示すのだった。眼前で仁王立ちのギルダをまっすぐに見据え、面白い、と一言呟いて膝を叩きさえしたのである。

「そなたは叔母上に忠義立てて、その復讐にやってきたというわけか?」

「姫殿下がそうお望みであればそうしていたかも知れぬ。だが、殿下はそのようなことは望まれなかった」

「そうか……では、今しがたのそなたの問いに答えよう。人造人間とやら」

 そういって、少年はすっくと立ち上がった。

「お前がこの先殺す必要があるとすれば、それはただ一人。僕だ」

「――!」

 その言葉に、横で聞いていた王妃が声にならない叫びをあげそうになる。

 そんな母親をちらりと横目に見ただけで、王子は先を続けた。

「余人があれこれ言おうとも父上の……国王陛下の余命幾ばくもない事は誰しもにとって自明の事と思う。となれば、遠かれ近かれ、先々には誰かがそのあとを継いでこの国を統治する事になるだろう。仮に、この僕がその座に就くに至った折、賢いものの考えが出来ていないとお前が思うなら、その時はまた僕に会いに来るといい。お前にはその権利を与えよう」

 そう言い切った後になって、初めて横を向いておのが母を見やり、よろしいですね?と念を押したのだった。

「とんでもない、お前を殺す権利などと――」

 言いかけた言葉を遮るように、王子はギルダに向き直る。

「人造人間ギルダよ、そなたにはこの先、ただ一度だけ無条件でこのぼくに面会を申し出る、その権利を与える。ぼくに何か談判したければ、王宮の門はいつでもお前のためにひらかれよう。ぼくはせいぜい、おまえに殺されなくてすむように、善き君主であらねば」

 そういうと、エーミッシュ王子は満面に笑みを浮かべ、それで納得してくれるか、とギルダに問いかけた。

 ギルダはそんな王子をまじまじと見やると、何も言わないままに、突き付けた燃える右腕をそっと取り下げた。そのうちに炎は立ち消えとなり、そこには痛々しいやけどの傷跡がありありと残るばかりだった。

 痛ましいその腕をちらりと見やった若き王子に対し、ギルダは問いかける。

「私や、娘や、その他名もなき衆生をこれ以上無駄に犠牲にしないと約束できるか。そのような衆生の流した幾多の血の上に、そなたのその華やかなりし権力はあると、それを忘れずにいられると約束できるか?」

「約束しよう、人造人間よ」

「それを、誓えるか?」

 エーミッシュ王子は一瞬その目を見開いて、ほほう、と小さく呟いた。王族にそこまでの言質を迫るなど不遜もいいところであり、ここでエーミッシュが態度をひるがえし激昂していても本来はおかしくなかったが――王子は気分を損ねることなく、むしろおおいに感心したという態度で、改めてギルダに告げたのだった。

「いいだろう。そなたの主君であったという、亡き叔母君の名にかけて、それを誓おう」

「……では、分かった」

 そう返事をしてきびすを返そうとしたギルダを、エーミッシュ王子が呼び止める。

「人造人間よ、最後に一つ、確認させてほしい。そなたが庇い立てしようとしたそなたの娘の父親というのは、わが叔父アルヴィンではない……その点は、確かにその通りなのだね?」

「残念ながら、そのような高貴な御方などではない。……あのだらしのない飲んだくれが、世を忍ぶ仮のお姿であった、というなら話は別だがな」

「そうか、分かった。……ともすればこの法廷にて、ぼくは自分の従姉妹どのに相まみえる事になるのかと、少し期待していたんだけど」

 それまで堂々とした受け答えをしていた少年が、その時ばかりは年頃の少年のようにはにかみながらそのように言ったのだった。

「母上は望まぬかも知れないが、もしそのような近しい血縁の者が罪に問われるというならば、せめて極刑ばかりはまぬかれるすべはないかと、ずっと思案していたのだ」

「であれば、余計な心配をかけてしまったようだ。申し訳ない事をした」

 そう応えると、今度こそギルダは踵を返した。来た時と同じように下座の床へとひらりと跳躍し、義足ではない方の脚で軽やかに着地する。その身のこなしが嘘だったかのように、彼女はたどたどしく足を引きずりながら、ゆっくりと振り返ってその場を後にしようとするのだった。

「だ、だれか! その者を捕らえよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る