御前裁判(その4)

「面白い。あなたは本当に面白いことをいうお人だ」

 このようにこの高座の者が口を挟むなど、本来の裁判の段取りから言って許される事なのかどうかはギルダには分からなかった。だが御前裁判との名目で、本来の出席者である国王陛下の代理として、この少年はこの場に座っているはずだった。いったい少年が何を言い出すつもりなのかと人々が黙って見守っていると、エーミッシュ王子はやおらその場から立ち上がり、眼下の審問官に、ひとまず下がるように手ぶりをするのだった。

 そして、自らが口を開いた。

「リアンとやら、僕も記録は読ませてもらったので、いくつか質問をさせてもらおうかと思う。いいかな?」

「否とは言えぬ」

 これにはすぐ下に控える裁判官が何か言いたそうに王子を見やった。裁判の手順から言って本来の成り行きではなさそうだが、少年は構わずに続ける。

「あなたは自分のことを小娘といったけど、記録によれば、あなたは王都に店を構えるアルマルク商会の、メルセル・アルマルクなる商い人の妻とある。同商会は長く僕の叔母にあたる故ユーライカ姫の離宮に出入りしていた御用商人であり、あなたご自身も離宮で女官として働いていた記録があるそうだね。だが、そもそもあなたを離宮勤めに推挙したのは、その叔母上ご自身であるという。どのような縁あって推挙が得られたのかについては、説明の必要があるのではないかな? ……審問官、まずは彼女にその点を問いただしてみるといいんじゃないのかな」

 今の王子の言葉は、やり取りから言えば審問官に向けての発言であったので、審問官がそれを受けて同じ内容をギルダに問いただそうとする。だがそれを遮るようにして、ギルダは直接王子に向かって回答した。

「私の母もまたかつて離宮に勤めており、ユーライカ殿下と知己を得たという。その縁で私の働き口を殿下にご相談させていただいたのだ」

 間に入って無視された形の審問官が、苛立たしげに反駁する。

「記録を当たったが、そなたの母だというギルダなる女の名は、離宮の勤め人としては確認が取れなかった。そのギルダなる女こそ一体何者であるのか。ユーライカ殿下の知己という話に一体どこまで信憑性があると考えればよいのか」

「……」

「そもそも、そなたが離宮勤めの元女官というのなら、収監されていた北の塔で牢屋番に魔導の技で狼藉を働いたという件、その魔導の技はどこで身に着けたというのだ? アルヴィン殿下のお子が、おのが父を王太子の座から追い落とした者たちに一矢報いるために魔導を修得したのだ、という説明の方がまだ得心が行くというもの。その者を王都に招き入れるためにユーライカ殿下が離宮の女官という立場をお与えになったとすれば何もかも辻褄が合うというものだ」

 そこまでの弁説に耳を傾け、ギルダが無言のままにため息をついた。たしかに、戦場に出た当該の衛士たる人造人間は結局、公には王都には二度と帰ってきてはおらぬわけだから、そういった事情を何も知らぬ者が聞けば、道筋の通った論説に聞こえたかも知れない。

 ギルダは一つ、深々と深呼吸をする。結局おのれの口から、その事実を告白する時がやってきたようだった。

「ギルダ、という名前では確かに記録には残っておらぬかも知れぬ。それこそはユーライカ姫殿下より賜った大切な名前。その女が生まれ持って名付けられた名はまた別にあるのだ」

 一体何を言い出すのか、と審問官は訝しみながらもギルダを問いただす。

「では、あらためて問うがその名前は?」

「リアンの母ギルダ、その元々の名前は……シルヴァ」

「シルヴァ」

「離宮にてユーライカ姫殿下の警護の任に当たっていた、近衛師団の士官であった」

 ギルダのその告白に――傍聴席の片隅に座っていた騎士装束の高齢の男が、驚きのあまり思わずよたよたと席を立って、口走った。

「近衛の士官というが、シルヴァと言えば魔法使いクロモリがつくった人造人間の名前ではないか!」

 人造人間、という言葉に、傍聴席が騒然となる。そのざわついた空気の中、審問官は恐る恐る問いを放った。

「……では、リアンとやら。そなたはよもや、人造人間から生まれたと申すか?」

「いいや」

 ギルダはゆっくりと首を横に振った。

「ウェルデハッテのリアンなる女が、奇妙にも人造人間を母に持ちこの世に生まれ出てきた事は動かしがたき事実なれど、この私がどのような出自であるかを問うならば……私こそが、その人造人間ギルダだ」

 あくまでも淡々とした口上ではあったが、語られた事実に審問官は身じろいだ。

「貴様、身分を偽っていたのか……衛兵、その者を取り押さえろ!」

 罪状があって収監中のギルダであるから、被告席のすぐ隣には何があってもよいように屈強な番兵が配されていたが、彼らもまたつい先ほどまで冷静に弁舌を振るっていた被告人が本当に暴れ出すような事があるとは、あまり真剣に考えてはいなかったのだろう。

 だが次の瞬間、彼女の両腕を縛っていたはずの縄が、はらりと床に落ちるのが分かった。無理にほどくでもなく、ひとりでにそうなったかのように自然に落下したのだが、これを見て衛兵は慌てふためいた。

 咄嗟にギルダを取り押さえようとするが、彼女は余裕の表情で、右手を軽く振るった。ただそれだけの所作で、その番兵は突き飛ばされ、傍聴席の貴人の列まで軽々と投げ出されてしまったのだった。

 その場はあっという間に騒然となった。身の危険を感じたのか、傍聴席の人々が次々に立ち上がるが、一斉に右往左往するばかりでおろおろとするより他に彼らに出来る事はなかった。

「王子と王妃をお守りしろ!」

 その他の衛兵たちはまだ少し冷静だったようで、中にひとりいた近衛騎士の軍服姿の男が命令を下す。その指示を受けて貴賓席の衛兵たちがエーミッシュ王子とカタリナ王妃の両名を退席させようとする。

 王妃は席を立って後ずさりながら、神経質そうな金切り声で命令を叫んだ。

「その曲者を討ち取るのです! アルヴィン王子の差し向けた刺客です!」

 その場に詰めていた衛兵たちが、王妃の掛け声に応じてギルダを包囲する。だが兵士を一人素手で突き飛ばしたとはいえ、べつだん小刀の一つも持たぬ彼女をこの場でただちに討ち取れというのはさすがに穏やかではなく、どうしたものかとお互いに顔を見合わせる。だが王妃の声がもう一度、殺しなさい!とより直截的な言葉でもって響いて、男たちは渋々剣を抜いてギルダに向き直った。

 そのような荒事に持ち込む事を最初からギルダが狙っていたわけでは無かったが、切った張ったともなればそれは彼女の得意分野であった。ぐるり取り囲んだ男たちを前に、目眩しにとさっと炎の幕を繰り出した。

 突然の熱波に怯んで後ずさった衛兵のうち、手近な者の襟首に掴みかかって、もう一度傍聴席の長椅子の方へとその図体を無造作に投げ飛ばした。

 投げられた当人は倒れた椅子にその身をしたたかに打ち据えて、なかなかに痛い思いをさせられたものだが、ここまで誰の血も流れぬまま、人々を委縮させるには充分な暴れようであった。

 衛兵たちがギルダに掴みかかるのに躊躇した一瞬の隙に、彼女は一足飛びにひらりと跳躍する。放物線を描いて着地したその先は、王族が座る貴賓席のある高座であった。

 いよいよギルダは、高貴な王族の御方々に相対したのだった。

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