御前裁判(その3)

「御前である。頭を垂れよ!」

 番兵が横柄にギルダに告げる。彼女は周囲の様子をうかがいながらも、両腕の自由を奪われたまま、不自由な足でどうにか膝を折って貴人への礼のしぐさをするのだった。

 王妃と王子をじかに目の当たりにするのは、当然ギルダにはこの場が初めてであった。高座に無言で着席した二人をギルダはまじまじと見やる。御年十五歳となるエーミッシュ王子はそんなギルダを興味津々に見返していたが、隣のカタリナ王妃は何か汚らわしいものでも見るかのようにうっそりと彼女を見下すばかりであった。そして彼女は視線をギルダよりも後方、おそらくは傍聴人席の方を見やり、忌々しげに唇の端を噛んだ。そこにファンデルワース伯爵らの姿でも見止めたのであろうか。

 そんな風にギルダが貴人席をまじまじと観察するのを不遜と感じたのか、傍らの番兵が居丈高に注意を促す。

 そのようなやり取りが証言台で行われているのを横目に、審問官の一人がすっと席を立ち、ゆっくりとした足取りで前方に進み出てくるのだった。

 証言台の前で立ち止まったその審問官は、まずは王妃と王女の前で深々と礼をし、続いてそのすぐ下に着座する裁判官に黙礼し、そして冷ややかな眼差しでギルダを振り仰いだ。

 手にした書面を大きく広げ、そこに記された罪状を大仰な口調で読み上げる。

 曰く、かつての王太子アルヴィンの子である身分を隠し、国王に仇をなそうとする一派と通じ王国への反逆を画策したこと、その罪の告白を拒んだこと。

「裁きの場でそなたはその委細を語ると証言したそうだな。……ここがその裁きの場である。委細を包み隠さず証言してもらう」

 審問官が、そのようにギルダに発言を促した。

 ギルダは背後の聴衆や、高座の王子らをちらと振り仰いで、そして口を開いた。

「では……その前に確認だが、そもそも私リアンをアルヴィン王兄殿下のお子であると断定した根拠は何か?」

「そなたは被告人である! この場での質問は認められていない!」

 審問官は居丈高に怒声を強めるが、ギルダも負けてはいられない。気後れする事なく、怜悧な口調ですらすらと反駁する。

「認めるも認めないも無かろう。仮に私が、アルヴィン前王太子ではなくクラヴィス国王陛下こそわが父であり、そこにおわすエーミッシュ殿下とは異母兄弟にあたるとこの場で証言したらどうするのだ。何の証拠もなしに、その通りですねと認めるのがこの法廷なのか」

「何と無礼な物言い! 王族の御方々や当法廷に対する著しい侮辱である!」

 審問官はそういって声を荒げたが、背後でわざとらしい咳払いが聞こえてきた。はっとして振り仰いだ審問官に、にっこりと微笑みかけたのはエーミッシュ王子であった。

 隣のカタリナ王妃が、おのが息子をじろりと睨みつける。いったいどういうつもりか、と今すぐこの場で声高に問い正したいとでもいうかのような態度の王妃だったが、エーミッシュ王子はそんな母親の様子には素知らぬ態度を決め込むのだった。

 審問官はひと呼吸を整え、どうにか平静を装って、苦し紛れにギルダの問いに答えた。

「その場合はそのように言い出したそなたが、その事実関係を証明する必要があるな。証拠がなければ、言うまでもなく虚言の罪を問われる事となろう」

「では、私がアルヴィン王兄殿下の落胤であるという言説も同じではないか。それを言い出したものがこの法廷に現れて、その事実を証明する必要があるのではないか」

「くっ……そなたが反逆の罪について証言をするというから、この裁判は開かれているのだぞッ!?」

 顔を真っ赤にしてまくしたてる審問官に、ギルダはあくまでも冷静な口調で、静かに畳みかけるのだった。

「だから今、それを話している。そもそもがアルヴィン殿下の落胤との確証もなき者に、かつての反対勢力の残党とやらがすり寄ってきたりするものか。第一、そのような者たちが本当にいるのかどうかも分からぬというのに、名もなき平民の娘一人を捕まえて、満足な証言が得られぬからといって拷問にかけるなど、どのような道理で説明がつくのか、私の言い分の前にまずそれをつまびらかにするがよかろう」

 畳みかけるギルダの言葉に、とっさに言い返せない審問官を後目に、彼女はなおも続ける。

「田舎の寒村から小娘一人を捕らえてくる。その名もなき娘を北の塔に放り込む。かの塔は高貴な御方々のための監獄である事は王都でも広く知られるところである。事情を知らぬ者であればそれをもってして、ああなるほどやはりその娘はご落胤だったのだ、と信じてしまうであろうな。そのような小娘をいくら拷問で痛めつけようとも、最初から無関係なただの小娘の口から王兄殿下の事やその残党の委細など出そうと思っても出てくるはずがない。それでも力づくで責め苦を味わわせれば、王子のお子である事実くらいは苦し紛れに認めるやもしれぬ。その上で、残りの証言を拒んだ罪状で、何であれば拷問死したのちにやはり罪人に間違いなかった、と書類上は処理出来るというわけだ。……王兄殿下の遺児と認める証言さえ得られれば、先にユーライカ殿下を収監し獄中死に至らしめてしまった判断も間違いではなかった、と主張も出来よう。そういう心づもりで、私のようなものを逮捕するに至ったのであろう。そのように木っ端役人が自分の首を繋ぐためだけにずさんに辻褄を合わせる、いい加減なやっつけ仕事をしたところで、真に王国の安寧を図る事になどなり得るものか」

「ええい……黙って聞いておればなんと図々しい物言いか!」

「であれば何とする。後ろの番兵に棒で打たせて黙らせるか。……誰が言い出したかは知らぬがウェルデハッテのリアンなる小娘がアルヴィン王兄殿下のご落胤というなら、そのご落胤を棒で打てと審問官どのはおっしゃるか」

 ギルダのその弁説に、聴衆からはがやがやと声にならぬどよめきが起こった。さすがに王妃が睨みを利かせている目の前で表立って喝采を上げる粗忽者こそいなかったが、皆そのように声を上げたい気分ではあるように見受けられた。

 いや、その中に一人だけ、はっきりを声を上げて笑った者がいた。あまりに場違いに響き渡る笑い声にその場の一同の視線が集まった。それを愚か者とそしる者は誰もいなかっただろう。何故なら声をあげたのは、高位に座するエーミッシュ王子その人であったからだ。

 審問官や聴衆たちのみならず、隣のカタリナ王妃までもが、軽く驚きの混じった表情で、おのが息子の無作法を咎め立てるようにじろりと見やる。だがそれを意に介した風でも無い少年であった。

「面白い。あなたは本当に面白いことをいうお人だ」

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