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身代わり(その1)
それから数日ののち、ウェルデハッテに王都から一通の書状が届けられた。
届け主はつい先日村を訪れたばかりの騎士オーレンその人であった。だがその内容が何とも意味不明というか、穏やかではない。
「王都で官憲がリアンの身柄を捜し歩いており、アルマルク商会にも捜査の手が伸びた、という話だ」
「……どういうことかしら?」
「私ならともかく、リアンを逮捕したいというのが分からない」
ギルダはアンナマリアと二人、何事かと首を傾げるのだった。このような文を送ってきたオーレンを問い詰めたい気分だったが、あいにく彼が目の前にいるわけではない。まずは取り急ぎ一報を伝えるために文のみを送ることと、このような折に自身が村へ赴くことで官憲に不要な疑いをもたれるのを避けたい、と手紙には書かれていた。さらりと書かれてはいたが商会は先だってイザークとメルセルが久方ぶりに立ち寄ってきたばかりであり、そこに官憲が土足で踏み込むような事があったならばそれはそれでおおいに憂慮すべき出来事であった。むしろそのような目にあってクロードらが無事だったのかどうかも気がかりだったが、手紙にはその点への言及がなく、どのみちオーレンがどのような配慮をしたところで、結局後日ウェルデハッテにも官憲の手は及んだのであった。
むしろ村の人間の知人としてその場に居合わせるのを避けたかっただけではないか、とアンナマリアは腹立たしく思ったが、ここに至ってあれこれ言っても始まらない。
何の先ぶれもなく唐突に訪問してきたのは憲兵隊の一団であった。普段であれば近衛師団の下で王都の治安を守るために働いている者たちだ。それがわざわざ、こんな寂れた村にまで足を延ばしてきたのだった。
その馬影に最初に気づいたのはギルダだった。もちろんオーレンの書簡の通り彼らがリアンを探していると言っても、アルマルクの隊商はすでに村を出立した後だったから、今更どうなるものでもない。しかし何か悪い予感がして、アンナマリアは自分が一人で対応する、と言ってギルダを戸口の奥に下げたのだった。
村にやってきた官憲たちは、僧院の建物が目についたのかまずは診療所にずかずかと踏み込んできた。応対したアンナマリアに、横柄な口調で告げる。
「この村に、メルセル・アルマルクの妻であるリアンという女が身を隠していると聞いた。我らに身柄を寄越していただきたい」
どこでどのように聞いたらそういう話になるのか、とアンナマリアは首を傾げたが、威圧的な物言いは、気安く反論したり冗談を返したりはしない方がよいのでは、と思わせた。とはいえ居ない人間は差し出せないし、はいそうですかと気安く応じられる話でもない。
「仮にそのような女性が村にいたとして、どのような罪状で王都に曳かれていくのか、説明はしていただけるのかしら」
我ながらギルダが述べそうな口上だと内心思いながら、毅然と言い放ったアンナマリアに、官憲は居丈高な口調で返答した。
「リアンなる女がかつて王姉ユーライカ殿下の離宮にて女官として働いていた事は調べがついている。離宮とはいえ王都で王族付きの女官として働くには相応に確かな身分でなければかなわぬ事。このリアンなる氏素性あやしき女が雇い口を得られたのは、王姉殿下が何者か曲者を匿う意図があったからに相違ない。そのリアンなる女こそ、未だ行方の知れぬアルヴィン元王太子殿下に連なる者に違いないと我らは見ておる」
アンナマリアはその説明に呆気に取られた。アルヴィン王子、という名前を実に十数年ぶりに耳にしたような気さえする。
おおよそ予測だにしていない、突拍子もない話に、彼女もどう言い返していいのか分からなかった。そんな風に戸惑って言い淀むアンナマリアに、憲兵が怒声をあげて詰め寄る。
「その女をここに連れてくるがよい。そなたが協力せぬというのならば我らで村中を捜索させてもらう。そののちお前も王権に歯向かう反逆者として身柄を拘束してやるぞ」
そのようなあからさまな恫喝を前に、アンナマリアはどう判断してよいかわからずに、ちらりと隣室の戸を見やる。閉ざされた戸口の向こうでギルダも今の話を聞いていたはずだが、彼女だったらどう言い返していただろうか。
そんな彼女の視線を察知したのか、憲兵が奥の部屋の方に乱暴に歩み寄った。
「あっ」
アンナマリアが思わずその兵士を呼び止めようとする。それが相手の気に障ったようで、彼女はじろりと睨まれてしまうのだった。
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