出会い(その5)
「今日は息子は一緒ではないのか?」
「恐れ入ります。メルセルのやつはいい歳をしておりますが、商いの修業に入るのがいささか遅うございましたゆえ、色々に下働きを覚えるなど、他にやらせることがございまして」
「元々弟が跡目を継ぐ予定だと聞いたが」
「そのようなお話が姫殿下のお耳に入りましたか。それは大変に恐縮にございます。あれの弟が是非に商売を継ぎたいと申すので、あれこれ目をかけておったのですが、急に気を変えて、親に相談もなくいきなり王国軍に志願いたしまして、今は王都の連隊の方でお世話になっておるという話にございます」
「大事な役目に自ら進み出てくれるとは、私の立場から言えば実に有り難い殊勝な心がけと言えるが、そなたから見れば父親としても商いの当主としても、困惑したであろうな」
「それは、もう。そういう次第で、私の父の意向で勉学のため他国へやっていた兄の方を急ぎ呼び戻したのでございます。仕事を覚え、出来れば早くに身を固めてもらえれば、と思うのですが……」
「縁談、か」
「色々と話を持ちかけてはおるのですが、当人があまり気乗りしないようで。誰か意中の女性でもいるのでありましょうや」
「……それは私に、離宮の女官から誰か紹介しろと言っているのではあるまいな?」
「いいえ、滅相もない。そのように分不相応な高望みなど」
クロード・アルマルクはそのように必死に首を横に振ったのだが、別の日にクロードの使いだと言ってやや緊張した面持ちで一人でやってきたメルセル当人に、ユーライカが直接質問したのだった。
「そなたの父が愚痴をこぼしておった。お前に身を固めてほしいが縁談を断っているそうだな」
「父には父の考えもありましょうが、店の奉公人の中には私よりも年少なのに、私よりずっと経歴の長い者もおります。若輩者のわたくしが身を固めるのはまだ尚早ではないかと思いまして」
「クロードが自分の代理といって私に遣わしたのなら、若輩者などと言い訳はしていられないぞ?」
「そのようなお言葉をいただけるのは光栄でありますが」
メルセルは苦笑いを浮かべる。
「私は父に呼び戻されるまでは、祖父の方針で僧になるはずだったのです。なかなか所帯を持つという事がぴんと来なくて」
「確か、お前の代わりに弟が跡目を継ぐ予定だったと聞いた」
「父が、そのような話をいたしましたか」
「そなたの父からも聞かせてもらったが、最初にその辺りの経緯を私に教えてくれたのは、リアンだな」
「えっ」
その名前がそこで出てくるとは想像していなかったのだろう、父の代理としてユーライカの前でどうにか平静を装っていた彼だったが、途端にあたふたとうろたえ始めるのだった。
「リアンがそのような話を姫殿下にしたのですか? ……あ、いえ、そもそも何ゆえにリアンはそのような話をわざわざ姫殿下に? 姫殿下はそういう側仕えの方々とも親しくお言葉を交わされる事があるのですか?」
「リアンの母は私のために身を粉にして働いてくれた忠臣で、私にとっても無二の友である。その母からリアンを預かっているのだから、あの子のことは私も気にかけておるのだ」
「そうだったのですね……いや、そうとは知らずに、彼女にはいくらか礼節を欠いた振る舞いでもって、余計な話を色々としてしまったかも知れません」
「よい。あの娘も母親に言われて王都にやってきて、友も少なく何かと苦労しておろう。良き話し相手があると知って私も安心した」
ユーライカはそう言いながら、ハイネマンに相談したリアンに相応しき相手というのは、もしかしたら目の前にいる青年のことではないか、と予感するのだった。
「そなたを一人で私の元に寄越すということは、クロードもそれだけそなたを頼りにして、はやく一人前になれるよう経験を積ませたい、ということなのであろうな」
「その期待に沿えられたものか、今ひとつ自信はございませんが……」
「そうか。ではクロードに伝えるがいい。今後私に用事があるときは、よほどのことがない限りはそなたを代理に寄越すように、と。しかと伝えるのだぞ」
「えっ……」
「しかと伝えるのだぞ?」
もう一度念押しをして、意地悪そうに笑うユーライカに、引きつった表情で低頭するメルセルであった。
(次話につづく)
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