出会い(その4)
このメルセルに、自分の母親が人造人間だと告げたら、驚いてひっくり返ってしまうのではないか……リアンはそのように思案するのだった。
……そのように考えていたその段階では、いずれその事実を彼に打ち明ける事になる、とまでは想像していなかったのであるが。
そのうち、離宮への用向きについてはメルセルに任せても大丈夫という事になったのか、以前まで一緒に出入りしていた年嵩の男は次第に姿を見せなくなり、メルセル一人か、もっと若い奉公人を手伝いに伴うかという顔ぶれに変わっていくのだった。本来は出入りの若い商人が離宮の女官に馴れ馴れしく話しかけるのはあまり好ましい事ではなかったが、メルセルは物腰も話口調も柔らかく、品のない冗談も言わないので、他の女官たちも悪い印象は持っていなかったようだった。またリアンにしても余計な虫がついては困る名家の子女、という風に見られていたわけでも無かったので、意気投合して仕事が円滑に進むのであればと、こちらの対応についてもリアン一人に任される事が多くなっていくのだった。
「実はこの間、弟が家に帰ってきたんだ」
そんな中、ある日メルセルがやや深刻ぶった様子でそのような話をし始めた。
「……騎士になるのはあきらめて、やっぱりご商売を真面目にやり直す事にしたの?」
「いいや、話はまったく逆。休暇で暇を持て余していると言ってふらりと家にやってきて、父さんと大喧嘩して、挙句二度と帰るか、と威勢よく啖呵を切ってそのまま部隊の宿舎に帰って行っちゃった」
「あら」
「怒鳴り疲れてへとへとになった父さんに、ますますお前だけが頼りだ、って言われた」
「へえ……」
リアンはそのように間の抜けた相槌を打ったのだが、メルセルが彼女に話したかった本題はどうやらその先のようだった。
「姫殿下の夜会着を新調するのに、仕立て職人のところに打ち合わせにいくから、お前もついて来いって」
メルセルはそのように、深くため息をつきながら言うのだった。
アルマルク商会の商いで言えばメルセルが担当しているようなお仕着せの制服などの細々とした物品よりも、やはりそちらの高貴な身分の婦人向けの豪奢な一点物の方が本領といったところではあろう。メルセルをそちらにいよいよ連れ出すということは、自身の商売のより重要な所をそろそろ任せたい、という父親の意向なのだろうが、当のメルセルにしてみれば気重に感じてしまうのも無理はなかった。
「……じゃあ、忙しくなるんだ?」
「もしかしたらこちらへ来る機会が減ってしまうかも知れない」
「それは、残念ね」
そのようなやり取りの数日後、ユーライカの元をその話にあったと思しき仕立て職人が訪問しているのをリアンはちらりと目にし、その職人と連れ立って歩く年嵩の男性に付き従うメルセルの姿を目撃したのだった。
お互いに視線を交わして会釈するところを当のユーライカに見咎められたようで、午後のお茶の時間に例によって呼びつけられたさいに、そのことを追求された。
「あの若者とは知り合いなのか?」
「メルセルの事ですよね。アルマルク商会の方で、出入りの御用でいつもお世話になっていますけど」
「お前をギルダから預かっているのだ。妙な男に言い寄られるようでは困る」
「そういうおかしな人ではない、とは思いますけど……」
「アルマルクのところの奉公人か……いや、待て。確かクロードが、息子だと言っていたな」
クロードと言うのはメルセルの父で、アルマルク商会の現在の当主である。とすればメルセルと共にいたあの年かさの男がその父親だったのだろうか。
「そなたが離宮に来る前、一、二年ほど前にも、同じように息子だと言って若者を連れてきていたように思うが、その時とずいぶん印象が違ったように思えた」
「でしたら、それはもしかしたら弟さんの方では?」
メルセルが商家の手伝いをするようになる以前は弟が跡継ぎ候補として父親について修業をしていたという話であれば、その弟の方が今回のようにクロードに同行してユーライカに目通りする事もあったかも知れない。そう思って、リアンはメルセルから聞いた兄弟の話を一通りユーライカに話して聞かせるのだが、それを聞く彼女の顔つきはやけに神妙だった。
後日、新調するドレスの件でそのアルマルク商会の当主、クロード・アルマルクが再びユーライカの元を訪れた。
「今日は息子は一緒ではないのか?」
「恐れ入ります。メルセルのやつはいい歳をしておりますが、商いの修業に入るのがいささか遅うございましたゆえ、色々に下働きを覚えるなど、他にやらせることがございまして」
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