出会い(その3)

 そこまでのお互いのやり取りを振り返って、ついにメルセルの方が我慢出来ずに笑い出したのだった。

「……いや、これは失礼……だけど」

 笑い声を抑えきれない様子を、リアンはぽかんとしながら見守るばかりだった。

「何がそんなにおかしいんです?」

「いや、そのようなこと、お互いむきになって張り合わずともよいのではないか、と思いまして」

「それも、そうですね」

 確かに、いつまでもお互い謙遜を重ね続けても滑稽なだけだったかもしれない。取り敢えずはメルセルが持ってきた荷物とこちらの帳面の書き付けを突き合せてそれぞれに不手際が無い事を確認して、それでお互い会釈を交わしてその日はそれでおしまいだった。

 それから先、たびたび顔を合わせる中で聞いたところによれば、メルセルはアルマルク家の長男で、商会の跡取り息子という話だった。しかし同じく一緒に出入りしている同商会の奉公人の中にはメルセルよりずっと年少の少年もおり、商い人を見習いから始めるにはメルセルの若さでもいささか遅いくらいである、という事をリアンは知った。

「元々はね、祖父がたいへんに信心の深い人で、自分の孫を誰かひとり僧侶にしたくて、弟のアルノーを僧学校に入れようとしたんだよね。でも弟は僧侶にだけは絶対になりたくない、と駄々をこねたので、僕が代わりに幼年学級から通うことになってね」

「じゃあ、メルセルはお坊さんになるはずだったの? 弟さんは?」

「それがね、父に付いてずっと見習いをやっていたはずなのに、ある日突然、正騎士になりたいと言い出してね……でも騎士団の入団試験を受けるにしても剣と馬術のごく基本的な修練が必要だから、無経験ですぐに合格というわけにいかない。かと言ってどこかに習いに行こうにも父は反対するに決まっているから、それで弟は父母に何の相談もなしに、王国軍に志願して兵隊になってしまったんだ。徴兵の兵役とちがって志願兵は軍歴次第で昇進もあるし、剣と馬術はもちろん普段の訓練で身につくし、そこであらためて騎士団への入団試験を受ける機会もあるから、って弟は言うんだけど。何にしても父がそれでかんかんに怒ってしまって、おじいちゃんを強引に説得して、僕が僧学校から呼び戻された、というわけ」

「ふうん……なんだか大変そうな話ね」

 リアンにしてみればまず兄弟姉妹がおらず一人っ子であったし、そもそも男親がいない。メルセルの祖父は楽隠居で王都の一角で今も存命というから、このような血縁の年寄りというのも彼女には縁のない存在だった。今の話で言えば、ただの商い人と謙遜はしていても、メルセル一人を他国に遊学させられる程度にはアルマルク家も裕福な家柄ということになる。田舎育ちのリアンは彼の話にただただ感心するばかりだった。

「まあ、弟のわがままは今に始まった事でもないし、もしかしたら軍隊生活に嫌気が差してすぐに戻ってくるかも知れないから、それまでの間の話かもしれないけどね」

 そのように身の上を語ったメルセルに、リアンも自分の生い立ちを話して聞かせる。山間のウェルデハッテに生まれたこと、そこが内戦の折に難民が集う拠点であったこと、母がかつてユーライカ殿下の警護の任に当たっており、父は農民兵で、その後の国境紛争ですぐに戦死してしまった事……そののち診療院で母親や看護婦らに囲まれて育ったこと。

 あらためて話してみれば、聞いたメルセルは終始びっくりするやら、深刻ぶるやらで、話の先を続けるのになかなかに苦労するのだった。自身ではまったく自覚が無かったのだが、確かに余人にとってはリアンの生い立ちも相当に複雑であり、苦労人めいた気の毒な話にどうしても聞こえてしまうようだった。

 中でもとくに彼女が説明に苦心したのが、やはり母親であるギルダの事だった。リアン自身これもぴんと来てはいなかったのだが、ユーライカ殿下の身辺警護を務めていた近衛の士官という肩書は、メルセルのような庶民から見れば雲上の存在という事になるようで、農民兵だった男を父親にリアンを生んだ経緯はさておくとしても何故ウェルデハッテのような寂れた村に隠棲していたのか、という事はなかなか説明が難しかった。

 このメルセルに、自分の母親が人造人間だと告げたら、驚いてひっくり返ってしまうのではないか……リアンはそのように思案するのだった。

 ……そのように考えていたその段階では、いずれその事実を彼に打ち明ける事になる、とまでは想像していなかったのであるが。

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