求婚(その1)

 やがてリアンが王都にやってきてから、三年の月日が流れた。

 いくらか小さな失敗を積み重ねながらも、リアンは離宮詰めの女官としての勤めを続けていた。厨房の給仕係などもいくらか経験したが、そういう形で人前に出るような局面ではどうしても立ちふるまいに育ちの違いが出てしまう。最低限の作法をどうにか身につけたのち、元の被服担当の先輩女官が職を辞するにあたって後任として異動を命じられ、最初の配属部署に戻ってきた形となった。そこで仕事を引き継いだのち、新しく入ってきた若い娘たちを指導する立場になったりもしたのだった。

 そもそもが離宮の女官といえば若い娘たちの集まりである。一部は既婚となってもずっと離宮に残り、若い女官たちを指導、監督するような役職につくものもあったが、多くのものは縁談がまとまるなどして若いうちに辞して身を引いていくのが常であった。

 メルセルは父親の肝入りでユーライカの元に頻繁に出入りする立場となった。リアンの部署にも時折下々の奉公人を連れて顔を出す事もあったが、むしろ彼が仕立て職人を連れてユーライカの元にやってきている所に、離宮の廊下ですれ違ったりして出くわす事の方が多かったかも知れない。メルセルは父の期待によく応え、商会お抱えの気難しい仕立て職人と、注文が細かいわけではないが要求の手厳しいユーライカの間に立ってよく仕事をこなすようになっていた。相変わらずユーライカのお茶の時間に呼びつけられて話し相手になることも多かったリアンなので、むしろ彼女の方から、メルセルの近況をユーライカに尋ねる事の方が多くなっていた。

「メルセルはまた縁談を断ったそうだ。久しぶりに顔を出したクロードの奴めがまたぼやいておった」

 とは言え、ユーライカの方から急にこの話題が出てきて、やや唐突に思えたのでリアンは目を白黒させながら、彼女が語る委細に耳を傾けるのだった。

「商会で抱える仕立て職人の親戚筋の娘御だそうだ。元々決まっていた話が破談になり、クロードが相談を受けて、悪くない話だと思って今度こそはと期待をかけておったそうな」

「……メルセルは女性に対する理想がよっぽど高いのかしら?」

「本人は身分卑き商い人だなどと謙遜するが、志半ばで帰国することになったとはいえ外国で若年のころより学を修め、ひとかどの教養もある」

「下品な冗談も言わないし、女官の間でも結構評判は悪くないとおもうんですけど。……いっそのこと、姫殿下がどなたかをご紹介して差し上げればいいんじゃないですか?」

「私が? 何故だ」

「だって、メルセルの縁談話、今日に限らずいつもしていらっしゃるじゃないですか。そんなに気にかけていらっしゃるんですから」

「メルセルには意中の女性がいるのではないか」

「やはり、そうなのかしら。だとしたら……やっぱり女官の誰かとか?」

 そう言って思案顔になるリアンだったが、それが自分の事かも知れない、という可能性には今一つぴんと来ていないようだった。

 そんな次第で、また離宮にやってきたメルセルに向かって、今度はユーライカがぼやいて見せる番だった。

「……そなたはまた縁談を断ったそうだな」

「ああ、先日父がまた何か申しておりましたか。姫殿下のような方を相手にこぼす愚痴では無いように思いますが……まことにお耳汚しで、恐縮であります」

「そなたがさっさと身を固めれば、そんな愚痴など聞かされずに済むのだ」

「父は事を急ぎ過ぎです」

「誰か意中の者があるのか。そなたであれば、離宮の女官であっても不釣り合いという事もなかろうに」

「いいえ、そういうわけでは」

「リアンであれば、何も私に遠慮する事はないのだぞ?」

 ユーライカがついうっかり漏らしてしまったその一言に、メルセルは途端に耳まで真っ赤になってしまった。

「あ、いや、それは……」

 その態度をみれば、メルセルの意中の人が誰なのかなど今更議論するのもばかばかしいほどに明白だったが、さすがにこれはユーライカも立ち入った事を言い過ぎた、とおおいに反省したのだった。とはいえ、ひとたびその話題に踏み込んでしまって、今さら後には退けない。

「……いつ求婚するのかと、皆気を揉んでおるのだぞ」

 肝心のリアンの方はそういう男女の機敏には今ひとつ疎いようで、実際にその意がメルセルにあるかどうかはユーライカにも何とも言えなかったが、とはいえそこまで言ってしまったのならばと、彼女はそのように一押ししたのだった。

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