王姉殿下(その2)

 さらに三度手を振り上げたところで……それまで平伏していたギルダが、不意に身を乗り出すようにして顔を上げた。

 そのギルダの動きにユーライカも気づいて、手を止める。

 ユーライカはひとたび振り上げたその手をそっと下ろすと、立ち尽くすシャナンをその場に置いて、横から回り込むようにこちらに進み出てきた。そのまま、つかつかとギルダの元まで歩み寄ってくるのだった。

「私に言いたい事があるか」

「どうかそのくらいでご容赦いただきたい。シャナン殿に非がある話ではない」

 物怖じしないギルダの発言に、ユーライカは不意に激昂し、怒声をあげた。

「この女に非が無くてどこの誰に非があると申すか! この女はお前がこの村にいる事を、知っていて私に内緒にしていたのだぞ!」

「であれば、その非はそもそもがこの村に身を隠していた私にございます。誰かを打ち据えたいというのであれば、どうか存分に、この私を打ち据えていただきたい」

 人造人間のギルダはあくまでも怜悧な態度を一切崩さず、膝を折った姿勢から顔をまっすぐに上げて、真正面からユーライカを見据えた。そんな彼女にじっと見とめられて、ユーライカは絶句したまましばらくは二の句が継げなかった。

「……立ちなさい」

 やがて、絞り出すように彼女は告げる。それに従いギルダがもたもたと立ち上がろうとすると、いったんはそれを遮って、隣にいたハイネマン医師に告げるのだった。

「まずはそなたが立って、手を貸すのだ」

 言われるがまま、ハイネマンは介添えのため立ちあがろうとするが、ギルダが横から手を上げて制止する。

「それには及ばない。自分で立てる」

 立てる、と言い切ったもののその所作は流れるようにとはいかず、そのままたよたと立ち上がり、いったん直立してから改めて拝謁の礼を取ろうとした。

「ならぬ!」

 そのギルダを、ユーライカが鋭い口調で咎め立てた。

「お前は金輪際私の前で膝を折ってはならぬ! そんな事をさせたくてお前を探していたわけではない!」

 何をするつもりか、とハイネマンが見ていると、ギルダの前に立った王姉ユーライカはその右手を大きく振りかぶったと思うと、今度こそ力任せにギルダの頬をひっぱたいた。

 ぱちん、と渇いた音がもう一度響き渡った。

 間近で見ていたハイネマンにははっきりと見て取れたが、努めて平静を装っているように見えて、ユーライカの肩がわなわなと震えているのが分かった。

「お前の言う通りだ。そなたが速やかに私の元に帰参しておれば、わざわざこの場でシャナンをぶつ必要もなかった!」

「いかにも、その通りです」

「今の今まで、こんなところで何をしておったのだ、そなたは」

 その声がかすかに震えているように、ハイネマンには聞こえた。

「私がそなたになんと申し付けたか、よもや本当に忘れてしまったのではあるまいな」

「いえ、決してそのようなわけでは」

「いいや、過日私は確かにそなたに申し付けたはずだ。いくさが終わったら必ず王都に帰参せよと。必ず無事な姿を私に見せよと。……それがどうした事だ。私の言葉など聞くに値しなかったということか。戦場で慌ただしく駆け回るうちに、私の事などすっかりどうでもよくなってしまったか」

「とんでもない。決してそのような事は」

「では、何故そうしなかった」

「……」

「その顔をもっとよく見せよ」

 ユーライカは震える声でそう告げると、今しがた自分が打ち据えたギルダの頬に、おずおずと手を伸ばした。

 この村に運び込まれてきたときから見れば随分と回復したとはいえ、頬から首筋にかけてやはりうっすらとやけどの跡が残されていた。切断した腕は元通りに生えてきたが、右脚は膝から下が失われたまま久しかった。

 ユーライカはそのやけどの跡を、頬から首筋にかけてゆっくりとなぞる。

「無事な姿を見せよなどと申した、私の言い方が悪かったのか。……誰がお前にこのような傷を負わせたのだ」

「私が自ら魔導のわざを使い誤ったのです。私自身で負った傷です」

「お前が魔導のわざを誤るとは。……ともあれ、お前が生きていたとわかって、本当に良かった」

「姫殿下こそ。ご健勝で何より」

「聞いた話では、私の身柄を狙う人造人間がいるという話だった。ギルダよ、お前がここにこうやって私の前にいるという事は、お前の他にも別の人造人間がいるという事なのか?」

 その問いに、ギルダはコッパーグロウと久々に再開した折の経緯について、改めてこの場にてかいつまんで話すのだった。

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