3
王姉殿下(その1)
ともあれ、直接に呼ばれているのはハイネマン一人であるので、ハイネマンはシャナン・ラナンにともなわれ、ギルダはその付き添いとして控えるという形で、一行はユーライカの待つ天幕を訪れたのだった。
「失礼いたします……村の代表者を連れてまいりました」
「ご苦労」
天幕の奥の方から、声が響いてきた。
口調は硬く厳かであったが、声の音そのものは、鈴がなるような柔らかい年若い女のそれであった。
そこにいたのは誰でもない、王姉ユーライカ殿下その人であった。
言ってしまえば仮設のテントであるから、中がそう広いわけではないが、中央に構えるユーライカの存在が、その場に凛と張り詰めた空気を作っていた。その厳かな雰囲気に飲まれてしまえば、眼の前にいるのがどのくらいの高位の人物なのかと頭で考えずとも、ハイネマンなどは自ずと膝を折り頭を垂れてしまうのだった。
「そなたが村の長か」
直接ものを言っていい相手かどうか一瞬戸惑ったが、脇に控えるシャナンが、申し上げるがよい、とハイネマンを促す。
「私めはハイネマンと申しまして、この村で診療院を営む医師にございます。当地はいくさの折に村人が離散して以来、本来の住人が全員戻っては来ませんでしたので、僭越ながら私が代表ということになっております」
「そうか」
ユーライカはそのように相槌を打ったが、喋った内容が深く関心を呼んだわけではもちろん無くて、ただひたすらにハイネマンをじっと直視しているのだった。
「では、ハイネマンとやら。私の前にギルダを連れてきてくれるか」
「は……」
「委細はそこのシャナンより聞いておろう。シャナンが何故そなただけをここに連れてきたかは知らぬが、この村にはギルダがいるはずだ。私はしかと、この目で見た」
その言葉に、ハイネマンは思わずシャナンと顔を見合わせた。女官長が諦めたように首を振ると、彼女の指示で天幕の外に控えていたギルダに、中に入るように告げられたのであった。
許しを得て、ギルダもまた天幕に一歩足を踏み入れた。
正面に立つユーライカをまっすぐに見据えると、ハイネマンをちらりとみやり、同じように平伏の姿勢を取った。
無論片足が義足の彼女にしてみればその動作は簡単ではない。杖を手に、たどたどしく膝を折りこうべを垂れるその一部始終を、ユーライカは複雑な面持ちで無言のままじっと眺めていた。果たしてその胸中に、どのような思いが去来していたのだろうか。
「シャナン、こちらへ」
「は……」
シャナンが呼ばれ、おずおずとユーライカの前に進み出る。彼女の眼前まで歩み寄って軽く膝を折り礼をした彼女が顔を上げるのを待たずして、ユーライカは大きく振りかぶった右の平手を、女官長の頬に力任せに打ち付けたのだった。
「――!」
突然の事に、シャナン・ラナンは何も言えなかった。
もちろん、王姉殿下が手を上げたからと言って、それをうまく避けていい身柄ではない。感情的になって手を挙げたというのなら、わかっていてそれを受け止めなければならないのがお付きの者である彼女の立場だった。
ぱちん、と渇いた音が響いた。周囲の者たちが緊張の面持ちでその成り行きを見やる。
それでも気が収まらないのか、ユーライカはもう一度手を上げると同じように彼女の頬を力任せに叩いた。シャナン・ラナンはうつむいて、再びじっとそれに耐えた。
さらに三度手を振り上げたところで……それまで平伏していたギルダが、不意に身を乗り出すようにして顔を上げた。
そのギルダの動きにユーライカも気づいて、手を止める。
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