命拾い(その4)

「焼けて炭になっていたのならば、生えてくるにせよこないにせよ、処置としては妥当だったろう」

 ギルダはあくまでも他人事のように、淡々と答えたのだった。

「それで、私はどうなる?」

「どうなると問われても、人造人間の治療は初めてだからな」

「そうではなくて、傷が完治するにせよしないにせよ、その後の私の処遇はどうなる?」

「……君はどうするつもりだね? 我々を皆殺しにしてこの村を出て、味方のもとに戻るかね?」

「虜囚になった場合の指示は受けていない」

「そんな事がある? 人造人間とはいえあなたは軍人なんでしょ?」

 アンナマリアにそのようになじられたところで、実際のところ捕虜になった場合にどうすべきかなど、ギルダは本当に何も指示を受けていなかったのだから仕方がない。

 ギルダ自身が知るところではなかったが、近衛騎士リカルドが人造人間を自分の部隊で預かることになったさいに受けた指示は、とにかく叛徒たる農民兵たちを人造人間の圧倒的な能力でもって徹底的に狩り立て、彼らに恐怖を植え付けよ、というものであった。時勢はすでに弟王子クラヴィス派が優勢であり、彼らと手を組む農民兵たちを戦局に関係なく無差別に虐殺することで、彼らの戦意を失わせ、戦場からの離脱、離散を促そうという狙いだったのだ。そんな農民兵たちがギルダ達を「魔女」と呼んで恐れたのも、無理もない話だった。

 だからはじめから戦力が拮抗するようないくさをリカルドはするつもりが無かったし、そもそも有象無象の農民どもと見下して、対等に軍隊同士で戦っているという心づもりもなかった。それまでの戦いぶりからギルダに拮抗しうるとすれば同じ人造人間くらいで、彼女が敵の手に落ちる、それを自分たちで奪還する、といった事は近衛騎士側はまるで想定だにしていなかったのだ。

「明確に命令されたわけではないが、無法な侵略者でもないのだから、戦う意思のないものをむやみに殺傷してはならぬと、部隊に配属されるより前に言われたことがある。……それに照らし合わせれば、そこの二人も棒など持っていない方が安全かも知れぬ。私が自分の身を守る必要性を認めなければ、何かしようという事にもならぬであろうから」

 ギルダがそういうと、二人の屈強な男たちは戸惑いながらお互いに顔を見合わせた上で、手にした棒を慌てて床に放り出したのだった。そのまま、医師らを守るという目的も忘れて慌てて後方に引き下がる。

 ハイネマンはその一連のやり取りを見て苦笑いしつつ、言った。

「……いずれにせよ、意識を取り戻すまで回復したのは、医師の立場からすれば喜ばしい限りだ。そもそもロシェは君の命を助けろと言ったが、そののちに身柄を拘束しろとは言わなかったからな」

「先生!」

「アンナマリア、まあ待て……君が無理にでも原隊に戻るというなら、それで私としては一向に構わない。その場合は誰一人傷つけることなく、例えば夜中のうちなど我々の見ていない間にこっそり出て行くなりしてくれればそれでいい。君たちからどう見えているかは知らないが、ここは農民兵の拠点ではなく、万人が救済されるべき場所だと私は考えるのでね」

「そうか」

「とはいっても、火傷はここまで治ったと言っても右足の事もあるし、そもそもまだ体力がそこまで回復はしていないだろう。……さあ、怪我人はもう一度ひと眠りした方がいい。みんな部屋を出ていくんだ」

 ハイネマン医師に促され、一同は渋々といった様子で部屋を出ていく。あとに残された棒切れは最後に出ていったハイネマン医師が二本とも拾い上げて、小脇に抱えて持ち去っていった。

 そんな一行を黙って見送ったギルダだったが、医師のいう通りまだ回復には遠かったのだろう。ハイネマンが急に一同に退出を促したのは、ギルダ自身も知らないままに疲れが顔に出ているなりしていたのかも知れなかった。

 ギルダはもう一度身を横にすると、そのまま泥のように眠りについたのだった。



(次話につづく)

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