命拾い(その3)

「君を助けろといったのはロシェ・グラウルだ。彼の頼みだから、皆従ってくれたのだ」

「ロシェ……?」

 その名前に、ギルダは首をかしげた。

「おかしな話だ。私はロシェを殺せと命じられ、実際に滑落の直前まで刃を交えていたというのに。私を助ける理由などないはずだ」

 言いながら、ギルダの脳裏に浮かんだのは滑落の直前に敵であるはずのロシェに腕を掴まれたという事実だったが、何故そうする必要が彼にあったのか道理の通らない行為であり、ギルダからその事実を他人に説明も出来なかったので、この場では何も言及はしなかった。

「君が落ちたあと、確実に死んだかどうかを確かめるべく谷に下りたのだという。発見して水から引き上げてみれば、まだ息があった。それで彼が自ら早馬を飛ばして、君をここに運び込んだという次第だ」

「その後、ロシェは?」

「すぐに本隊へと取って返していったよ」

「……そうか」

 ギルダはそこまでの説明をきくと、それ以上質問を重ねる事もなく、何の感慨も無いかのようにただ相槌を打った。

 そんな彼女を見て、アンナマリアが問い詰める。

「ロシェに負けたんでしょう? 悔しいとか、そういう感情はないの?」

「悔しい……? なぜだ?」

 ギルダが真顔でそう問い返すので、アンナマリアは毒気を抜かれてそれ以上なにも言えなくなってしまった。

 両者のやり取りにそのように決着がついたところで、ハイネマン医師は声をあげて笑った。

「看護婦としては褒められた態度ではないな、アンナマリア。……だが、彼女らの事はどうか許してやって欲しい。そもそも君が回復して目を覚ました事に、皆多いに驚いているのだ。ここに運び込まれた時点で君はその身体の半分以上に重度のやけどを負い、まさに瀕死の状態だった。正直に言えば、ロシェには助けろと言われたものの、とてもではないが助かる状態には見えなかった」

 そのように説明されて、ギルダはおのれの身体の状態を自身の目で確認するために、おもむろにシーツをまくりあげる。見れば、右足が膝の関節からすぐ下のところで失われてしまっていたのに、そこで初めて気が付いた。

「処置のため切断させてもらった。悪く思わないでくれ。……脚だけじゃない、右腕も本当はおなじような状態だったのだ」

 そう言われてギルダは今度は右腕に視線を落とす。皮膚はつるんとしていて傷跡ひとつないが、肘の少し手前あたりで皮膚の色がとってつけたように変わっている箇所があった。

「……ここまで大がかりな再生は初めてだ。右手はどんな状態だった?」

「肘から先は足と同じように、私が切り離したんだ」

 だが一同が見ているギルダの右腕には手のひらもあれば指も五本ともくっついていて、ちゃんと動いていた。その表面だけがやけどだったと言われればたいていの者は納得したのではないか。

「私には多少の刀傷くらいであれば自然に治癒する能力がもとより備わっている。だが、手足を欠損するようなここまでの負傷は初めてだ」

 ギルダはそのまま、誰かが着せてくれた肌着を人目も気にせずにたくし上げる。右の胸部から脇腹、腰からふとももにかけて、これは明らかにやけどの跡のように肉が醜く盛り上がった痣のような状態になっているのが分かった。

 自身の身体の状況を目視でざっと確かめたギルダは、ただ無感動に一人頷いただけだった。むしろ治療にあたっていたはずのハイネマンが、改めてその跡をまじまじ見やって、一人唸ったのだった。

「……ううむ。これだけの範囲のやけどが、一週間とたたずここまで回復するとはな」

 その場にいる人間たちがギルダを薄気味悪いものでも見るかのように見ている理由がそれだった。医師だけは少し違っていて、彼女の驚異的な回復能力に大いに興味をかきたてられている様子だったが。

「こうなってくると脚も切り離してよかったものか、疑問ではあるが」

「焼けて炭になっていたのならば、生えてくるにせよこないにせよ、処置としては妥当だったろう」

 ギルダはあくまでも他人事のように、淡々と答えたのだった。

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