命拾い(その2)
「魔女、と誰かが呼んでいるのを耳にしたことがある」
その一言で、その場の空気は言い知れぬ張り詰めたものに変わったのだった。
ギルダは魔法使いクロモリの手になる人造の兵士であり、たぐいまれなる身体能力と、クロモリ譲りの魔導の技を備え、戦場では命じられるまま存分にその技を振るってきた。相対する敵兵から見れば、ともすれば人の形を成した災厄にも見えただろう。戦場で彼らがギルダ達をそのように呼んで恐れたのも無理はなかったかも知れない。
この場にいる者たちはギルダをただ敵軍の兵士と見なしていただけではない。この場においても彼女が戦場のようにひと暴れすれば、誰の命も残らないかもしれないという、その事実を前にすっかり怯えていたのだった。
ただ一人、ハイネマンだけは他の三名の態度を横目に見ながら、努めて平静を装おうとしているようではあった。
「その話を聞けば、確かに私も恐ろしくはある。だが医師である私が、患者である君を魔女呼ばわりするのは本意ではない。……差し当たって名前を尋ねてもいいかな?」
「ギルダ、と呼ばれていた」
ギルダが何の警戒もなく素直に名を名乗ったのは、ハイネマン達にしてみれば拍子抜けであったようだった。医師はアンナマリアと思わず顔を見合わせたのち、ギルダに向き直り問いかけを続けた。
「ではギルダ。私は医師だから、君を尋問するのは仕事ではない。何か詰問しているように聞こえたとしても、あくまで医師として必要と思ったことを質問しているのだと受け止めてほしい。いいかね?」
「……答えられる事であれば」
「ここで目を覚ます前の記憶はどこまであるかね? 意識を失う前、君はどこで何をしていたか、何かしら覚えていることはあるかね」
「山あいの街道筋で農民軍の部隊に奇襲をかけた。私は指示を受け、一人で敵を追ったが、足場を踏み外して崖に落ちた」
「それから?」
「落ちた先は、たぶん谷川だったと思う。水に落ちて、流れに飲まれた」
「それから先はどうだね」
「気がついたらここにいた。……つまりは、誰かが私を川からすくい上げて、ここまで運んできたという事か。一体どこの物好きがそのようなことをしたのだろう」
そこまで、おのれの記憶にある事実関係をギルダは淡々と語った。そこは軍の士官であるから具体的にリカルドやロシェ・グラウルの名を出す事はなかったが、物事の成り行きを曲げて伝える事はなかった。
そこまでの説明があまりに他人事のように淡々としていたせいか、傍らで聞いていたアンナマリアが険のある声で横から口を挟む。
「そのもの好きな誰かさんが、あなたの命を救うようにと言ってあなたをここにおいていったのよ?」
そんな彼女の敵視など意にも介さぬように、ギルダは疑問を口にした。
「ここは、一体どこなのだ?」
「ここはウェルデハッテ。北部の主街道から一本外れた山間にある村だ。見ての通りここは診療所で、君のような戦傷兵も何人も運び込まれている」
「だが、友軍の陣ではなさそうだ」
「不本意ではあるが君から見ればそういうことになるだろうな。私は医師だから、命を助けるのは言われるまでもないことであるし、助ける命に敵も味方もあったものではないのだがね。……だが残念ながら、君を救命すべきかどうかについては、異を唱える声もあったことは伝えておく」
「敵の士官だ。見殺しにするのも一つの方策ではあっただろう」
他人事のようなギルダの言葉に、横で聞いていたアンナマリアがついに激昂して声を荒らげた。
「誰があなたのような魔女を助けたいものですか! せっかく助かった命なのに、なんて言いぐさなの!」
「私が魔女だから、諸君らもこうやって警戒している。警戒するくらいなら、初めから助けなければよいだけの話ではないのか?」
急に怒鳴りつけられたところで、ギルダはどこ吹く風とばかりに涼し気な態度を崩さない。なお売り言葉に買い言葉で反論を重ねようとしたアンナマリアを、ハイネマンが制止する。
「君を助けろといったのはロシェ・グラウルだ。彼の頼みだから、皆従ってくれたのだ」
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