終戦(その1)

 アルヴィン王子では、先王の御代を継ぐのにいささか心許なくはなかろうか――。

 最初にそのように声をあげた者は、後々に王国を二分する熾烈ないくさに至るという事を、その時点で果たしてきちんと想像出来ていただろうか。

 本来であれば王家に長子がいて、それが男子で、なおかつ成人もしていて、王太子として正式に立子済みであったのだから、その王太子がその通りに王位を引き継ぐのが筋であっただろう。

 だがこの兄弟について言えば、幼少の頃より兄アルヴィンは凡庸、弟クラヴィスの方が学才もあり武芸にも優れていると評される事が少なくなかったから、兄王子は王の器にあらず、という誰彼となく挙げられた声を人々は無視出来なかったのだった。

 そういった意見はおもに地方の大物領主らを中心に挙げられるようになり、彼らと対立する形で王都の有力貴族たちが本来の筋通りアルヴィン王子こそ次期王にと推したことで、やがて両者の間で激しく論争を呼ぶこととなった。

 この中で、弟クラヴィス王子を推すあまり舌鋒の過ぎた発言を諫められた、とある地方領主がいた。さすがに言が過ぎて不敬を問われ、収監の憂き目に会う事となったのだが、この領主はこれを拒んで無理矢理に王都を離脱し、自身の領地に戻ろうとしたのだった。

 これを連れ戻すべく王国軍の小隊が出動する事となり、領主を守る護衛の者との間でちょっとした小競り合いを起こしたさいに、王国軍兵士の側に負傷者が出てしまった事から、領主が逃げ込んだ城を王国軍が取り囲むまでの騒ぎとなったのである。

 ここで当の領主が折れていれば話はそこで終わっていただろうが、ことが亡き王の跡目争いを巡る問題ゆえ、そう簡単にはいかなかった。領主が折れることで、弟王子を推挙する声自体がそこで勢いを失ってしまうのでは、という懸念があったのだ。

 渦中の領主当人も、自身の意向はさておき論調を同じくする他の有力者たちの顔色を窺う必要があったし、その有力者たちも彼がさっさと折れてしまってはまずい、とばかりに早々に当地に自領で抱える兵士を差し向け、これが王国軍と対峙するという何ともまずい事態に発展していくのだった。

 こうなってくると王国軍側としても兵を退くわけにもいかない。双方引っ込みがつかなくなったところで誰が仲裁に入るわけでもなく、末端の兵士同士が小さなきっかけで小競り合いを始めたのを機に、両勢力の戦端は開かれてしまったのだった。

 それが、すべての始まりであった。

 振り返ってみれば、どこかの機会でどちらかが折れていれば、誰かがうまく立ち回って丸く収めてくれれば、と思う局面はいくつかあったが、結果的に王国のあちこちで豊かな田畑を踏みにじって両軍がぶつかり合い、最終的に今や王都が包囲され、ともすれば火の海になろうという所まで迫っていたのだ。

 ウェルデハッテはそんな王都から北東部に広がる広大な森林地帯のさなか、主街道筋から少し離れた山間部にある村だった。

 山手にあるわずかな耕作地を細々と耕す小さな農村に過ぎなかったが、今現在の主街道が通る以前の古い街道筋に当たり、宿場町でもないのに不釣り合いなまでに立派な僧院がその地には建てられていたのだった。その僧院の僧侶たちも、わずかな村人たちも、この度のいくさでは皆一様に戦火を避けて村を放逐してどこかへと離散してしまっていた。そうやって人気のなくなった村に、今度は他の土地から戦火で焼け出され流れてきた避難民たちが寄り集まってくることとなり、ちょうど僧院の立派な建物も被害も受けずに残されていた事もあって、困窮した人々を助けようとそこにハイネマン医師のような篤志がやってきて診療院として利用していたのだ。救民が行われているという噂を聞きつけた人びとが次々に集まってくることで、ちょっとした難民たちの拠点となっていたのである。

 ギルダは自身の友軍の陣ではないと判断したが、善意で人助けをしているハイネマン医師からすれば、そこが農民兵側の軍事的な拠点と見なされるのははなはだ不本意であっただろう。そのような理由で人助けのための診療院が逆賊として討たれる事があってはお話にもならないので、診療院は兄王子派の軍勢の兵士であっても運び込まれれば誰でも治療をする、というのが建前であった。おそらくは近衛師団もこの診療院の存在は把握していたとは思うが、リカルドが受けた命令のようにここを焼き討ちでもしようものなら今度こそ本当に王国は下々の民草を敵に回してしまう事になっただろう。それもあって、ウェルデハッテは事実上の中立地帯という扱いであった。

 とはいえ……そんなウェルデハッテであっても、ギルダのような人造人間を迎え入れるというのはまた話が別であったかも知れない。

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