戦場を駆ける(その2)

 命令書に目を通すなり、リカルドは思わずへんな声を上げそうになった。何故ならそこに記されていた新たな任務は、その農民兵の頭目である剣士ロシェ・グラウルを討伐せよ、というものだったからだ。

 厳密にいえばそれは、人造人間ギルダにロシェを討たせよ、という内容であった。彼女のめざましい働きぶりがあったればこその大事な任務であったが、同時に今更そんなことで農民どもが総崩れになるだろうか、とリカルドは疑問に思うのだった。とはいえ命令に反発して見せるほどの気骨など彼にありはしない。その地での掃討任務を終えると、リカルドは部隊をまとめ、ギルダを伴って命令書の指示通りに農民兵の主力部隊の追跡を始めたのだった。

 地方の有力領主たちに担ぎ上げられた弟王子クラヴィスが率いる軍勢は、王都に向かって南部の穀倉地帯から平野部の主街道をまっすぐに北上しているという。

 一方の農民兵たちはと言えば、各地で兵員を募りつつ、王国北部の山岳地帯に集結しつつあるという話だった。そこから一気に南下して、王都を後背から突く心づもりであるようだ、というのがリカルドの部隊にもたらされた情報であった。肝心のロシェも北部の合流地点を目指しており、リカルドらはそんな彼らよりも先回りする必要があった。山越えの難所で農民たちの軍列を待ち伏せて、奇襲を仕掛けることとなった。

「ギルダ殿。わかっておろうが、ロシェめを確実に討ち取って首級を上げる必要がある。……ようは、首を持って帰るということだ。得意の魔導のわざで消炭にしてしまわぬよう、気を付けてくれよ」

「了解した」

 人造人間は馬上にあって、ただ短くそのように返答した。

 リカルドは改めて、目の前の人造人間を見やる。猛々しい甲冑姿の近衛騎士達の中にあって、うら若き乙女にしか見えぬその姿は異彩そのものであった。肩で切りそろえられた灰色の髪、白磁の人形のように透き通るような白い肌は長い行軍の中にあっても日射しに灼ける事も知らない。軍装も他の騎士たちよりは軽装で、兜もまとわず整った端正な顔立ちを白日に晒していた。その顔立ちはリカルドの目から見ても確かに美しく、人目を引くのは確かであったが、人造人間と知っていれば確かに作り物めいて見えて、こうやって共に行軍していても、未だに現実の存在ではないのではないか、と考えてしまうのだった。

 そんなギルダはと言えば、リカルドが無遠慮にじろじろと眺めても全く意に介した風でもなく、馬上にあって微動だにせずに背筋をぴんと伸ばしたままの姿勢で、無言のまま空色の双眸で崖下の様子をじっと窺うばかりだった。

 やがて斥候に出向いていた若い騎士が、農民兵の一団がすぐ近くまで来ている旨を告げる。一行は肝心のロシェが通りすがるまで、街道を見下ろす岩場に身をひそめたままじっと機会を伺うのだった。

「部隊長どの。人造人間なんぞにロシェの討伐を任せて大丈夫でしょうか? あのようなものをあてにするなど、近衛騎士の名折れというものでは」

 リカルドに馬を寄せ、若い騎士がギルダを横目に見つつ、そのように耳打ちする。意気軒昂たる進言は頼もしくはあったが、青臭い主張でもあった。

「お前のような若者がそのように言ってくれるのはなかなかに頼もしいが、ロシェとやらに一騎討ちなど申し入れたところで、万が一にも後れを取るような事になってみろ。我ら近衛騎士の面目は丸つぶれだぞ。それとも、我こそはという確かな自信がお前にはあるのか?」

「そ、それは……」

「で、あろう。だからといって田舎剣士風情一人を倒すのに、我ら近衛が徒党を組んで取り囲んだなどと噂が立とうものなら、それはそれで立つ瀬がないというものだ。人造人間が加減を間違えて、よしんばロシェとやらが本当に消炭になってしまったとしても、そういう命令なのだから、黙って従えばよいのだ」

 なったらなったで消し炭を持ち帰ればよいのであって、どのような結果になったところで、それは命令を下した者が責を負うことだ……リカルドがそういえば、部下たちからもそれ以上の異論はなかった。

 やがて、農民兵の一団が眼下の街道に差し掛かる。軍勢とは言ってもそこは農民である。近衛騎士達のように立派な鎧甲冑に身を包んでいるわけでもなく、勇壮な騎馬武者が列をなすわけでもない。土埃に汚れた農夫たち、それでも腕っ節の強そうな屈強な者たちばかりが肩を並べ、思い思いに棒切れだのなんだのを身にまとい、威風堂々とは言い難い疲れた表情で黙々と徒歩で行軍していく。

「ギルダ殿、あの隊列の中程でみずぼらしい旗を掲げているあの辺りに、敵の頭目たるロシェ・グラウルなる男がいるものと推察される。そなたに任せたぞ」

 リカルドにそのように言われて、ギルダは応と頷いた。部隊は無言のままに農民兵たちに接近していく。狭矮な谷沿いの道を行く敵軍に対し、リカルドらはさらに頭上の斜面から一気に駆け下りて、奇襲をかける形となった。

 峻嶮な岩場を猛然と駆け下りてくる騎馬の一団に、慌てふためいたのが農民兵たちだった。血気盛んな彼らはそれぞれが腕自慢の頑強な男たちではあったが、いかんせん練度の高い精鋭兵とはいかず、突然のことに浮足立つばかりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る