戦場を駆ける(その3)

 峻嶮な岩場を猛然と駆け下りてくる騎馬の一団に、慌てふためいたのが農民兵たちだった。血気盛んな彼らはそれぞれが腕自慢の頑強な男たちではあったが、いかんせん練度の高い精鋭兵とはいかず、突然のことに浮足立つばかりだった。

 街道の難所である。細く伸びた形で展開した部隊の側面を、リカルドたちの部隊が突き崩す格好となった。先頭に立つのは人造人間のギルダで、駿馬で勇ましく突撃したかと思うと、魔導の技で繰り出した火の玉を敵兵の密集しているあたりに無造作に投げ込む。辺り一面が途端に火の海となって、火勢にのまれのたうち回る農民兵たちが、まるで競い合うように次々と崖下の谷川へと落ちていくのだった。

「散らばれ! 林の中に逃げ込むのだ!」

 誰かが叫んだ。這々の体の農民兵たちはその言葉に従って隊列の進行方向の先にある、立ち並ぶ木立の中に駆け込んでいく。

 無論、崖場の足元のおぼつかない場所である。ギルダに続いて駆け下りてきた近衛騎士たちはやはり曲がりなりにも修練を積んだいっぱしの職業軍人であり、そんな岩場の上をたくみに馬をあやつっては、軽々と乗り越えて敵兵を追い詰め、徒歩で逃げ惑う農民兵たちを一人ずつ斬り捨てていくのだった。

「ギルダどの! 雑兵は我らに任せて、そなたはあの旗頭を追うのだ!」

 リカルドの言葉に、ギルダは馬を駆り一目散に目指す敵に向かっていく。行く手を遮ろうという勇ましい者もいないではなかったが、ギルダの敵ではなかった。

「ロシェ! 覚悟!」

 旗のたもとに、ひときわ大きな馬にまたがった、がっしりとした大男の姿があった。農民たちとて日頃田畑を耕す過酷な労働に従事しているからには体力自慢も少なくはなかっただろうが、やはりきちんとした武人とは鍛え方が違う。その点ロシェは流れ者の剣士という話でそういう武人と同列に語ってよいかはまた議論の余地はあったろうが、一人だけ畑仕事が似合わなさそうな偉丈夫がいて、それが農民兵の頭目ロシェ・グラウルと目された。実際、ギルダの突撃に周囲の者たちが必死に庇い立てしようとするところからも間違いなさそうだった。

「お前らは下がれ! 蹴散らされるだけだぞ! ……正々堂々勝負する。雑魚には構ってくれるな!」

 ロシェはそういうと、腰の剣を抜いてギルダに突き付けた。

「いざ、尋常に勝負!」

 そう口走ると、ロシェはありったけの大声で雄叫びを上げた。かと思うと、突如馬首をひるがえしてその場から背を向けて駆け去っていくのだった。

「待て、どこへ行く!?」

「わっはっは。わざわざの刺客、ご苦労なことだ! せいぜいついてくるがいいさ!」

 そういって、ロシェは林の木立の向こうへと騎馬で分け入っていく。生い茂る木立を右へ左へとかいくぐっていく様子は、馬術の腕前が見事ということか、それともおそらくは王国軍から奪ったであろう軍馬の訓練がよほど行き届いていたせいか。

 いっそ行く手を火の海にしてしまえば話は早かったが、それでは首を持ち帰る事は出来ないので、やむなくギルダも後に続いた。こればかりはギルダ一人が正確無比であればよいというわけにもいかず、馬もよく追従したものだったが、ともかくロシェを見失ぬように、ひたすら後を追っていくのだった。

 乱戦を避け一人遠くへと誘い出されているのだ、という自覚はギルダにもあったが、彼女の狙いはあくまで一人ロシェの首である。それこそ後に残した近衛騎士たちが窮地に陥ろうが、案じて引き返すことは命令にはなかった。

 街道筋は急峻な山の斜面沿いをつたう一本道、木立に分け入ったところで森がどこまでも続いているわけもなく、やがて両者はどれほども行かぬうちに崖沿いの岩場のような場所にたどり着いた。

 果たしてロシェに土地勘があったものかどうか、木立を抜けるや否やロシェは馬を飛び降りて自らの足で岩場を駆け出した。ごつごつとした岩地をまるでよじ登るようにしながらも、器用にすいすいと進んでいく。

 確かに無理に馬を進められる足場ではなかったが、開けた場所に出てしまえばギルダに分があったかも知れない。彼女も馬からさっと飛び降りると、岩を蹴って一足飛びに高々と跳躍し、ロシェの頭上をひらりと超えてその眼前に回り込んだのだった。

「おいおい、それはずるいぞ」

 ロシェは言いながらその場で立ち止まり、手にした剣を改めてまっすぐに構え直した。

「問答無用。覚悟!」

 叫びながら、ギルダはロシェに斬りかかる。

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