ギルダ、あるいは百年の空白

芦田直人

第1章 ギルダ

戦場を駆ける(その1)

「……お前に、私の警護が務まるというの?」

 目の前に立つ彼女に、王女ユーライカは問いかける。

 謁見の間に連れられてきた彼女は、典礼用の華美な軍服を身にまとい、いかにも着飾った人形のようであった。確かに腰には細身のサーベルを下げてはいたが、それとても典礼のための装備であり、それを振るって勇ましく戦う姿はちょっと想像がつかなかった。

 人造人間、なのだという。

「命に代えても、殿下をお守りいたします」

 意外にもすらすらと口上を述べたのが、ユーライカには少し意外だった。面白い、と一人呟いて、彼女は質問を重ねた。

「お前の名前は、何というのです?」

「シルヴァと申します」

「私の側に仕えるというのに、そのような面白味のない名前では呼びたくはないわ。だれがつけた名前なの?」

「私を作った、魔法使いのクロモリが付けてくれた名前です」

「お前はそれを気に入っているの?」

「分かりません」

「そう……そういう事であれば、お前の名前は私が決めましょう。それでいい?」

「殿下のご随意に」

 人造人間がそう返事をすると、ユーライカはその場でしばし思案顔になった。

「決めました。……お前の名前は、今日からギルダです。ギルダと呼んだら、返事をなさい」

「分かりました」

「ギルダ、もう一度問います。この私を、守ってくれるか?」

「殿下をお守りいたします」

「それを、誓えるか?」

「……殿下の御身のために盾となり、殿下の敵を退ける剣となります。この命の尽きる最後まで、殿下をお守りいたします」

 人造人間ギルダは、ユーライカをまっすぐに見据えたまま、はっきりとそう言い切ったのであった。


     *     *     *


 ギルダは、人造人間であった。

 戦場で名もなき若者が命を落とす事に心痛めた老オライオス王が、死なない兵士を作ることは出来ないものか、と旧知の魔法使いクロモリに相談をもちかけたのが、そもそものきっかけであった。

 問われたクロモリはと言えば、しばしの黙考ののち、やってみましょう、とその場で短く返答をしたという。

 それから数年の時を経て、クロモリがその時の約定に従い王国に引き渡した数体の人造人間のうちのひとつが、ギルダであった。

 とはいえ、これら人造人間の処遇を巡っては幾つかの不運や行き違いが重なってしまった事は否めない。

 まずクロモリにそのような依頼をした老王は、実際には人造人間たちの完成を待たずして、病にてこの世を去ってしまった。それから程なくして、王国では遺された二人の王子の間で跡目を巡って諍いが起こり、それはやがて王国全土を巻き込む大変ないくさへと発展していったのだった。

 となれば、兵士としてつくられた人造人間たちもまた、そのような折に戦場に身を投じる事となるのは避けられなかった。

 そもそもが、戦えと命じられて戦うように造られた彼らに、果たしてどこまで非を問えたものかは分からなかったが――名もなき者が死なずに済むように、という老王の願いから造り出された彼らによって、結果的に幾多の名もなき者たちが命を散らせていったのは何たる皮肉であったか。

「……そうは言っても、いまさらであろうな」

 そんなギルダの戦いぶりを遠巻きに見やりながら、近衛騎士リカルドはぽつりとつぶやいた。

 王国を二分する武力衝突の中で田畑を踏み荒らされ、人手を兵役にとられた農民たちはやがて武装蜂起し、これを鎮圧するために駆り出されたのがリカルドたち近衛騎士たちであり、ギルダのような人造人間であった。

 人造人間がおのが部隊に配備されると聞かされて、最初は半信半疑だったリカルドだったが、いざ戦いぶりを目の当たりにして大いに驚かされた。いかに烏合の衆たる農民兵相手とはいえ、群がる農民どもにギルダの手から火球が投げ込まれ、あっという間に幾人もが火だるまに、やがて消炭になっていく光景を直接目にすれば、それは実に圧倒的としか言いようがなかった。

 仮に、これと同じ人造人間が同じ戦場に一個小隊ほどもいれば……そのように想像すれば、その優位は疑う事はなかっただろう。

 そういう意味ではリカルドは武人としてぐうの音も出なかったのであるが、同時にそうやって彼女一人がこの場でいかに死体を山と築こうとも、いくさ全体の趨勢を覆すまでに至るとは思えないのも事実だった。この人造人間がそれこそ百人や二百人から投入されたとなれば話は別だが、噂に聞くところではその数は総勢で五体とも十体とも、とにかくわずかな数だという。これで今更、兄王子派の劣勢をひっくり返すのは無理というものだった。

 蜂起した農民たちを、兄である王太子アルヴィンを推す近衛騎士団は叛徒と見なし鎮圧に乗り出した。それを受けて弟王子クラヴィスを擁する一派はそんな農民兵たちと和睦を結び、同盟を組んで自陣営へと引き入れたのだった。弟王子軍と農民軍、両軍がそれぞれに進軍し、王都を挟撃しようとしているというもっぱらの噂であった。

 せめて農民どもとの和睦が実現するよりも前に、人造人間達が味方の戦力となっていれば。あるいは人造人間に頼らずとも、農民らと和睦し彼らを懐柔したのが王太子アルヴィンの側であったならば。

 いずれ負けいくさで終わる時のために、自らの身の振り方も考えておかねばならぬ――リカルドがぼんやりとそんな事を考えている間に、やってきた伝令が部隊の次なる任務を伝えた。

 命令書に目を通すなり、リカルドは思わずへんな声を上げそうになった。何故ならそこに記されていた新たな任務は、その農民兵の頭目である剣士ロシェ・グラウルを討伐せよ、というものだったからだ。

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