第10話 開祖

ペルシア・シーア宗教国

首都・テヘラン市から約30キロ南の砂漠地帯

2025年3月某日 未明2時頃


男は10人の男たちを吸い尽くした。

彼らを糧にしたことにより自分が2千年以上冬眠していたことがわかった。

男が知っていた世界が激変していた。

人間(ウォーム)は繁栄し、闇の存在を恐れなくなった。


追放者(カイン)は思い出していた。

今から1万8千年以上前、今いるこの土地より更に西、大きな川が流れる谷に初歩な農耕と牧畜を営む両親の元に生まれた。生活は厳しかったが、幸い健康に育った。

彼が農耕作業を覚えた頃、弟が生まれた。

弟は彼と違って、淡麗な外見、聡明で体が弱く、家畜の世話ばかりしていた。

男は農耕で重労働し、いつも体を痛めていた。


そんな弟は男をいつも馬鹿にしていた。

両親も弟を溺愛し、長男の自分に対して冷たかった。

男と家族は小さな集落に住んでいた。

集落の住民も、男の弟にそそのかされて、男を馬鹿にしていた。


男は弟と違い、口達者でも人気者でも男前でもなかったが、誠実で平和主義者だった。


「兄者、相変わらずのろくて、鈍感だな。」


ある日朝早く、農作業に出る前に弟に馬鹿にされた。


「鈍感だよ。但し弟者のように二枚舌ではないな。」


男は珍しく反抗し、驚いている弟の顔を無視し、農作業に出かけた。

男がやっていた農耕は初歩的なものだったが、集落の住民の飢えを満たしていた。


お昼過ぎ頃に少し木の下で休憩を取っていた男のところ、

弟とその同世代の5人の仲間が訪れて来た。


「今朝、よくも馬鹿にしてくれたな、兄者。」


弟は怒りで表情を歪めて言った。

弟とその仲間たちに殴られ始めたが、男は抵抗しなかった。


「のろまのくせに調子に乗りやがって、馬鹿兄者!!」


聡明で美しい顔立ちのはずの弟は怒り狂った表情で、仲間と一緒に男を殴っていた。


男はその顔目掛けて一度だけ殴り返した。

弟の唇が切れ、血が出た。


「よくも殴った、馬鹿兄者!!」


弟とその仲間は木の棒で更に激しく男を殴った。

疲れるまで殴り、男は動かなくなった。


全員男の体に唾を吐き、離れて行った。


「死んでいるようだが、大丈夫か?」


仲間の一人が男の弟に聞いた。


「別にいいさ、両親も馬鹿兄者から解放されて喜ぶと思う。今夜、馬鹿の死を祝って、飲もう!!」


整った美しい顔の弟は邪悪な笑みを浮かびながら、仲間と一緒に集落へ戻っていった。


男は虫の息だった。


弟は生まれる前まで、遠い昔のように優しかった両親を思い出し、泣きながら息を引き取った。



太陽が沈んだ後、男は目を開けた。

不思議と痛みがなく、怪我が治っていた。

暗闇の中でも昼間のように明るく感じた。鼻は離れた集落の住民の体臭を嗅ぎ、耳は生活音と彼らの体の中に脈を打つ心臓の音までも感じ取った。


今まで感じたことないものに突然襲われた。

それは渇(サースティ)きだった。


男は弟と両親のいる集落へ歩き始めた。


弟の整った顔と頭を片手でもぎ取った後、彼の血を飲み干した。

集落の全住民のも、両親の血も含めて。


朝になる直前、強烈な眠気に襲われ、集落の近くにあった洞窟の中で眠った。

元々その洞窟は集落の人々が冬の厳しさから逃れるため、避難する場所だった。


それから男は夜にだけ外へ出て、近くの他の集落や洞窟に住んでいた人々を襲い始めた。


自分が得た力を数年かけて学び、他の集落を皆殺しにせず、服従させ、糧になってもらった。

有能な人間(ウォーム)を自分の眷族へ転化させ、領地の拡大を狙った。


農耕作業もわからない人間(ウォーム)に技術を教え、改良も加えた。

男は数千年、平和に暮らした。


領地の人間(ウォーム)が反乱を起こすまで。

男とその眷族が眠る日中に同時に襲われ、ほとんどの眷族と従者が殺され、男は間一髪で逃げた。


それから男は一部の眷族と従者とともに砂漠を彷徨いながら数年を過ごした。

彼に対して反乱を起こした人間(ウォーム)の子孫は彼をモチーフにした神話の人物を作り上げた。


天の神に愛された弟を殺めた罪深い兄、追放者(カイン)。


男は自分の名前を忘れたかったのでその神話上の人物名を自分の名にした。


男は様々な国と地域を訪れ、自分と似たような存在を探したが、見つからなかった。


更に数千年を彷徨い、人間(ウォーム)から迫害を受けながら、訪れていたある半島で美しい女性と出会った。


「あなたは何者?」


女性は問いかけた。


「あなたと同じ者だ。」


男は答えた。


その女性は彼と同じような存在だった。

彼女は転生して間もない、自分の力を制御することがままらなかった。

男は彼女に力の制御を伝授し、強みと弱みを教えた。


その途中でまた別の女性、獣の面をかぶった砂漠出身の女性が、彼らと合流した。


「1人だと思ってた。」


砂漠出身の女性は2人に話した。


「あなたは1人じゃない。我々がいる。」


男は女性に優しく声をかけた。


数百年後、ある男も彼らのところに辿り着いた。


「似たような存在を探している。」


恐怖と期待を混じりながら合流した男が言った。


「我々3人がいる。」


男は訪れた新しい開祖の男を歓迎した。


彼らには特別な名前がなかった。


時間が経つに連れ、人間(ウォーム)たちは彼らの集団、一人一人に名前を付けた。

文明が開化した半島生まれの美しい女性はフィリノンの名前が気に入って、そう名乗り始めた。

獣の面をかぶってた別の文明が開化した砂漠出身の彼女がセクメトの名を選んだ。

沖積平野からまた別の文明が開化したところより最後に加入した男性はアサックと名乗った。


皆、自分が持って生まれた元の名前を忘れたかったからだった。


人間(ウォーム)を糧にしながら存在し、人間(ウォーム)に恐れられ、

それでも裏から人間(ウォーム)の世界の微妙なバランスが崩れないように

数世紀暗躍した。


彼らは闇の評議会を作った。

自分たち同様の存在を加入させ、影響力は増した。

時折お互い戦いながら、世界の微妙なバランスを保つのを何よりも優先していた。


人間(ウォーム)に嫌われても、恐れられても、恨まれても、彼らが滅びないように

見守る必要があったから。


男は後少しで夜が明けると気付いて、思い出に更けるのをやめた。

新しく転化した眷族に日中が過ごせる場所へ案内してもらった。


2千年冬眠した自分は多くの新しいことを学ばなければならないと男は思った。

そしてこのタイミングで冬眠から目覚めたのには必ず理由がある。


何か大きな危機が自分たち吸血鬼族が守った世界を訪れようとしている。

それだけは確実だった。

そしてそれは人間(ウォーム)たちが引き起こしたものではないこともわかった。

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