第7話 枢機卿
合衆国 首都 コロムビア特別区
通称 ワシントン・ディーシー。
ロック・クリーク連邦公園下 特別地下シェルター
2025年3月某日 夕方17時40分頃
アーカード卿は画面の前にまた座った。
先ほどブラウン神父より連絡が入り、会談の準備が完了したと知らされた。
あの丸顔の眼鏡神父は人間(ウォーム)だった頃から度々アーカード卿の作戦を邪魔していた。
十字架の騎士団が彼を警護し、刺客を送り込んでも、必ず生き残っていた。
神父は教会の儀式によって、転化人(インヒューマン)になってから、こうもり傘に仕込まれていた銀でコーティング刃でアーカード卿の眷族数十名を葬って来たことは決して忘れていなかった。
ラザロ枢機卿と1世紀ぶりに話し合うこととなった。
最後に会ったのは話し合いより戦いに近い状況だったことを思い出した。
スマートフォンに通知が届いた後、モニター画面に電源が入り、
赤のキャソックを着た中東系の風貌をした40代前半の男性が映り出された。
「お久しぶりですね。ヴラッド・ドラキュラ伯爵。」
ラザロ枢機卿が挨拶した。
「お久しぶりです、ラザロ枢機卿どの。今はジョニー・ヴラッド・アーカードを名乗っています。」
挨拶がてら軽く訂正した。
「知っているだが、前の名前の方がしっくりくる。」
微笑を浮かべながらラザロ枢機卿が答えた。
アーカード卿はこの男が嫌いだった。傲慢で高圧的、上品な口調でどこか他者を見下している節が見え見えだった。
「では早速本題に入りたいと思いますが、よろしいでしょうか。」
アーカード卿は枢機卿に聞いた。
「どうぞ。私はそのためにあなたのような闇の生き物に連絡したのです。」
アーカード卿は怒りが湧いてきていることを感じながら、平然を装い、話を進めた。
「多国籍企業、ワトソン重工を裏で操り、世界の覇権を握ろうとしている集団があります。」
「なるほど。その集団とは何だ?」
「円卓同盟を名乗っている。その首謀者はあの有名な預言者、ノストラダムスです。」
「あのインチキ預言者が?数百年前に亡くなっているはずだぞ、ドラキュラ伯爵。」
「それが生き残っていたのです、ラザロ枢機卿。」
「そんなバカな。似非預言者が普通の人間(ウォーム)だったはず。」
「それがな、不可触民(パリヤ)と呼ばれる存在より永遠の命を手に入れた。」
「不可触民(パリヤ)ですと?」
「はい。その男は死神族(リーパーズ)の開祖(ファウンダー)であり、ノストラダムスを始めの円卓同盟のメンバー全員に永遠の命を与えた。その引換として彼らは人間(ウォーム)や我々吸血鬼の血肉をずっと食べなければならないのです。」
「その不可触民(パリヤ)の情報がまだあるのか?」
「情報がほとんどない。タウレッド王国にあるワトソン重工の本社に幽閉されていること最近亡命者の情報でわかっただけ。」
「何故今まで誰も気付かなかった?」
「それが謎です。おそらく吸血鬼の主(マスター)ではない何者かの究極(アルティメット)な能力(スキル)と思われている。」
「それを突き止める必要がある。至急にね。」
「そうですね。あの円卓同盟は数百年、我々闇の評議会と教会の裏をかいて、ずっと暗躍していたと思わざる得ない。」
「世界中に目と耳がある我がバチカン情報局を欺くとは大した能力(スキル)だ。そしてそのからくりが分かった以上、永遠に封じなければならない。」
「闇の評議会と教会内部におそらく彼らに通じる者がいる。」
「妥当な推測、私もそう思った。」
「人間(ウォーム)の評議会は彼らの手中にある。」
「だろうな。人間(ウォーム)の裏評議会は最弱な存在。」
「そこでですね、ラザロ枢機卿。闇の評議会とは言わず、同盟を組んでいる日本国の主(マスター)織田信長公、ノスフェラトゥ卿と私でお互いの争いを一時休戦し、協力できればと思って、あなたの部下のブラウン神父に連絡した。」
「闇の評議会全員ではないな。何故だ?」
「それぞれの思惑があるからでしょうね。あの円卓同盟を野放しにできない、危険な存在です。人間(ウォーム)、吸血鬼そしてあなた方、守護神鬼族(ガーゴイル)にとって同じです。」
アーカード卿が身を乗り出して、強く訴えかけた。
「妥当な案ですね。これよりあなた方と一時休戦と協力の申し出を承諾する。但し協力は情報交換のみで我々にとって有利である場合に限る。闇の評議会総出の動向も引き続き監視する、ドラ、アーカード卿。先ほどの無礼を深くお詫びする。」
ラザロ枢機卿が神妙な顔をした後に返答した。
アーカード卿はホッとした表情になった。
「あなたの条件を承諾します。これより一時休戦になります、ラザロ枢機卿。」
「連絡方法などについて、後ほどブラウン神父より連絡が行きます。」
「わかりました。」
画面が消えて、再びアーカード卿は1人になった。
ノスフェラトゥ卿と信長公に連絡せねばと急いでスマートフォンでメッセージを送った。
バチカン市国
サン・ピエトロ広場地下深く
バチカン市国情報局・超自然的存在対策本部
2025年3月某日 午後23時50分頃
ラザロ枢機卿は深いため息をついた。
数百年行方不明だった存在の居場所を掴んだ。
不可触民(パリヤ)と呼ばれる男がラザロ枢機卿と対照的な存在だった。
今度こそ滅ぼさなければならないと心に誓った。
あの男は救世主を冒とくする存在、死神族(リーパーズ)の開祖(ファウンダー)で
ラザロ枢機卿は救世主の遺産を守る存在、守護神鬼族(ガーゴイル)の開祖(ファウンダー)、2人は同じコインの表裏の存在同士であった。
吸血鬼は人間(ウォーム)の進化版であると同様、死神族(リーパーズ)と守護神鬼族(ガーゴイル)は吸血鬼の進化版であった。
「ヴェントレスカ神父、今すぐブラウン神父を私の書斎に来るように伝えてくれたまえ。」
内線でカメルレンゴである神父に命令した。
「今は教皇と毎晩恒例のチェス試合を楽しんでいる最中ですが。」
若い神父は緊張した声で返事した。
「今すぐ呼べ。私が後で教皇に詫びる。」
ラザロ枢機卿が不機嫌そうに答えた。
「承知いたしました、ラザロ枢機卿。」
この世界が永遠の闇夜に落ちる前に急がなばならないとラザロ枢機卿は思った。
同じくバチカン市国
2025年3月某日 午前0時5分頃
バチカン宮殿
自室に戻ったヴェントレスカ神父は暗号化回線されたスマートフォンを取り出して、
電話をかけた。
「はい。小島です。」
「小島さん、ヴェントレスカです。」
「ヴェントレスカ神父、どうもお久しぶりですね。何かあったかな?」
「ラザロ枢機卿が動く。」
「なるほど、闇の評議会と連携を取るのね。」
「はい。おそらくそうなります。」
「わかった。ありがとう、ヴェントレスカ神父。会長に伝えます。」
「是非、ノートルダム会長に私のことを伝えていただけたら幸いです。」
「安心してください。会長はあなたに必ず欲しがっている地位を与えます。」
「ありがとうございます。お願い致します、小島さん。」
「ではまた連絡取り合いましょう、ヴェントレスカ神父。あなたはきっともうすぐ最年少の教皇になると思います。」
小島が電話を切った後、ヴェントレスカ神父は嬉しい涙を流した。
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