第4話 摩天楼の街

遡って

合衆国、経済特区・ニューヨーク市郊外

2012年11月30日 19時頃


彩美・ホフマンが老人の豪邸に侵入した。

彼女はノスフェラトゥ卿の眷族でまだ比較的若い新人者(ニューボーン)だった。

ドイツ人の父親と日本人の母の間に1955年の旧西ドイツのボン市で生まれた。

母親譲りの黒くて長い髪の毛と父親譲りの上品で高い鼻と茶色い目。

綺麗な白い肌とアスリートのようなしなやかな体の彼女が転化したのは1976年の11月だった。


その切っ掛けを作ったのは老人の豪邸にいる元ナチス将校の男。

あの男と老人は彼女のターゲットだった。


思い出すのも辛かった。あの元ナチスの将校が彼女の両親を殺し、彼女も殺そうとしたが、

間一髪でヘルムートに助けられ、その時逃げたあの男に復讐するため、ノスフェラトゥ卿の眷族となった。


豪邸の大広間に男と老人がソファに座って、話していた。


「明日の夜、ベルリンから主(マスター)が飛行機で運ばれる。」


元ナチス将校が老人に伝えた。


「良かった、本当に良かった。」


老人が嬉しそうに答えた。


その老人は投資家であり、世界有数の億万長者だった。


「我が主(マスター)はあなたの協力を感謝している。」


男が老人に対して微笑んだ。冷たい嘘の笑顔で。


「手配はしているので明日は楽しみにですな。」


老人は心から喜んでいた。


その時だった。

彩美が銀でコーティングされたロングソードを片手に居間に乱入した。

2人は驚いた顔で彼女を見た。

元ナチス将校の男が反応する前に彩美はその首を刎ねて、地面に落ちた頭の眉間を更に深く刺した。

男は燃えだして、灰となった。

老人は恐怖の顔で彼女を見たが声を上げる前に元ナチス将校の男同様、首が刎ねられて、亡くなった。


彩美は両親の仇を討った後、静かに泣き出した。

少し落ち着いた後、携帯電話を取り出して、ヘルムートに電話をかけた。


「ボス、合衆国側は完了です。」


「こちらも完了した。明日の便でドイツに戻っていい。」


「了解です。」


「それと彩美、やっと終わって良かったな。」


「はい。感謝します、ボス。」


彼女は電話を切って、涙をぬぐった。

それから彩美は豪邸から出て、ホテルに歩いて戻った。


1時間ほど歩き、ホテルに向かう途中、セントラルパークを通っているところ、2人組の女性に声かけられた。


「どこに行く?この辺の人じゃないな。」


ナンパではない、別の系統の吸血鬼からの声のかけ方だった。

彩美が振り向いて、答えた。


「宿泊先に帰るだけだよ。」


2人組の片方、25歳ぐらいのショートカットの美しい茶色瞳の女性が背中から日本刀を取り出して、

彩美に再び声をかけた。


「アーカード卿の眷族、ニューヨーク市管轄の闇保安官、エイミー・水木です。そちらは何者?」


もう1人、二十歳ぐらいの後ろに束ねた長い茶髪の女性も日本刀を持って、彩美を睨んでいた。


「ノスフェラトゥ卿の眷族、戦闘員の彩美・ホフマンです。用事を済ませて帰るところだ。」


彩美は2人をよく見た。とっても綺麗で華奢そうな体をしていた。

顔、体形、髪の色、上品な美しさを表していて、よく似ていたので姉妹なのでないかと彩美は思った。


「その用事は何だ?古い系統の末端な新人者(ニューボーン)と金持ちの老人の殺害か?」


エイミーと名乗った女性が聞いてきた。


「合衆国への不法入国を防ぐため。」


彩美が淡々と答えた。


「それは知っていた。私の管轄なので今夜始末する予定だった。」


エイミーは構えながら彩美に伝えた。


「それは悪いことしましたな、保安官どの。」


自分のロングソードを出しながら彩美が答えた。


「ハルナ、同時に行くよ。」


エイミーと呼ばれる女性はもう1人に伝えた。


「はい、マアム!」


ハルナと呼ばれた女性が答えた。


3人は構えた。誰も通らない夜のセントラルパークで戦おうとしていた。


「3人とも、争いを止めろ。」


同時に2人の異なる主(マスター)の声(テレパス)が届いた。


「アーカード卿。」


エイミーとはるなが返答した。


「ノスフェラトゥ卿。」


彩美が返答した。


「今回の件は終わったのだ。剣を収めろ。」


アーカード卿が声(テレパス)で命令した。


「仰せの通り、我が主(マスター)。」


エイミーとハルナが答えた。


「争うな。剣を収めろ。」


ノスフェラトゥ卿が彩美に声(テレパス)で命令した。


「仰せの通り、我が主(マスター)。」


彩美が返答した。


アーカード卿が再び声(テレパス)を送った。


「今回の件、闇の評議会で決まったことだ。君達に知らせずに申し訳ない、水木保安官と保安官補佐。」


ノスフェラトゥ卿も声(テレパス)を送った。


「因縁のある私の眷族を送った。仕事の邪魔をしたな、申し訳ない、水木保安官。」


「こちらこそ申し訳ございません。」


エイミーとハルナは同時に答えた。


しばらく主(マスター)たちに今回の経緯を聞いて、5分後に解散が命じられた。


「君も日本人の親を持っていた?」


エイミーは彩美に聞いた。


「はい。母親だった。あの元ナチス将校の男に父親とともに殺された。」


「それは残念だった。失礼な聞き方してごめんなさい。私の場合、父親が日本人だった。クリスタル・シティーの強制収容所で合衆国人の母とともに入れられ、2人は結核にかかり、7歳の時に相次いで死んだよ。」


「お互い大変だったね。気にしないでね。あなたたちは姉妹なのか?」


彩美は笑顔で質問をした。


「姉妹?違う、違う、ハルナは娘だよ。強制収容所で知り合った同じ年の日系人の幼馴染との間にできた子なの。」


「父親も転化人(インヒューマン)か?」


「いいえ、彼は1961年、彼女が生まれた直後に事故で亡くなった。」


「余計なことを聞いた。ごめんなさい。」


彩美が謝罪した。


「いいの、いいの、お互い様だよ、気にしないで。」


「私が転化した理由はあの男への復讐だった。」


「私は生まれて間もないハルナを連れて、薬局に行ってる時に、断絶(オーファン)系統(レガシー)の長寿者(エルダー)に襲われた。人間(ウォーム)のままで抵抗し、運よく我が系統の戦闘員、ミナ・ハーカーさんに助けられた。」


「人間(ウォーム)のままで長寿者(エルダー)を相手にした?すごいわ。」


「我が子を守るのは必死だっただけだよ。それでミナさんにスカウトされた形で転化人(インヒューマン)になった。25歳だったよ。」


「で、君は?」


ハルナに向けて、彩美が質問した。


「1981年、二十歳の時に転化したよ。子ども時代はずっと吸血鬼となったお母さんとその仲間に育てられたよ。普通の人間(ウォーム)のままで生きるか、転化するかと聞かれ、転化を選んだ。」


ハルナは嬉しそうに答えた。


「私たち、気が合いそうね。」


エイミーは笑顔で彩美に話かけた。


「そうだね。」


彩美は笑顔で答えた。


彩美のホテルで夜明け前まで3人で雑談した。

翌日の夜、ジョン・J・ケネディ国際空港までエイミーとハルナが彩美を見送った。




合衆国南部

ニューメヒコ州

2012年11月30日 夜20時頃(ニューヨーク州夜22時頃)


ヴァレック卿は自分のアジトにあったソファに座って、考えていた。

あの古い系統の長寿者(エルダー)、その部下の元ナチス将校の新人者(ニューボーン)と彼のサポートをしていた老人が滅ぼされたことを聞いて、自分の計画が失敗したと悟った。


闇の評議会の中で弱小勢力の主(マスター)だった彼はどうしても勢力を拡大したかった。

合衆国内にはアーカード卿を筆頭に強力な系統が多くいて、自分は辺境に追いやられていると感じた。

折角老人とあの長寿者(エルダー)の部下に偶然を装いながら巧妙に合わせた、自分の手を汚せず、他の主(マスター)たちへの大打撃を与える計画を練ったのに、その企みは一瞬で崩れた。


魔鬼・ヴァレックと昔恐れられていた自分が、今は辺境にいる弱小の主(マスター)だった。

闇の評議会にうんざりしていたので昔みたいにお互い争い合う時代が懐かしかった。

1人で座っていると彼の携帯電話がなった。


「はい、ヴァレックだ。誰だ?」


ぶっきらぼうに応答した。


「ヴァレックさん?どうも初めまして、私はワトソン重工会長に就任したばかり、マイケル・アラン・ド・ノートルダムと申します。実は力強い系統の主(マスター)であるあなたにとってもいい話があります。」


「馬鹿にしているのか?貴様を殺すぞ。」


「とんでもない。折角練った完璧な計画が崩れたのは確かに痛手ですよね。」


「貴様!!」


「私と手を組めば、あのうっとうしい闇の評議会を崩壊させることが可能ですよ。評議会内で異色の存在である元神父のあなたに至急会いたい。」


「何故それを知っているのか?貴様。」


「話を聞いてくださいね。後悔させませんからね。」


「何者だ?」


「あなたの味方です。私の話をきっと気に入ってくれると思います。」


ヴァレックはゆっくりと話を聞いた。

翌日の早朝、ノートルダム会長が密かに寄越したプライベート・ジェット機でタウレッド王国へ出発した。

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