04:すみませんでした!

 陽が暮れた夜。


『柘榴の宮』の主人たるルカ様は赤々と燃える暖炉の前に立ち、少々困ったような呆れたような複雑な顔で、入室するなり滑り込むように足元に跪いた私を見下ろしていた。


 借り物のドレスを汚してしまって申し訳ないが、誠心誠意謝るには相応しい姿勢をしなければならない。


 犯した罪の重さを考えれば、立ったまま謝るなど論外なのだ。


「この度は私のような下賤の命を助けてくださりありがとうございました!! ご心配とご迷惑をおかけしてほんっとうに申し訳ございませんでした!! さらにさらに、一年前は王子様とは露知らず、とんでもないご無礼を働いてしまいまして、もうなんとお詫びすれば良いのか――いえっ、もはや言い訳は無用!! 覚悟はできております!! 元よりルカ様に救われたこの命、煮るなり焼くなり、どうぞお好きにしてください!!」

 胸の前で手を組み、深々と頭を下げる。


「いや、お好きにって……ここでお前を罰したら、俺は何のために助けたんだ?」

 柔らかな絨毯に座ったまま見上げれば、ルカ様は完全な呆れ顔。


「はい、ですから、どんな罰にせよ、命までは奪わないで頂けると嬉しいです!! 死んだら恩返しできなくなってしまいますので!!」

 私は再び頭を下げた。


「そんなことするわけ……。ああ、もういいから顔を上げろ。そもそも俺はお前を罰する気なんてない」

「いいえ、下民が王子に頭突きしたんです、何の罰もないなんてありえません!! もしここがエメルナ皇国だったら私の首は間違いなく飛んでいました!! どうか遠慮なく――うひゃあっ!?」

 ひょい、と猫の子でも持ち上げるように腰を掴まれた。


「ななななな何を!?」

 驚いている間にルカ様は私の身体を担いで移動し、天鵞絨ビロード張りの長椅子の上に置いた。


 そして、当たり前のような顔をして私の隣に座る。


「……………」

 ぱちぱちと燃える暖炉の火が並んで座る私たちを照らしている。


 私の右隣、手を伸ばせば触れられるほどの距離に座るルカ様は見惚れるほど綺麗な横顔だが、私がこの位置からじっくり王子を見ていいはずがない。


「あの……謝罪はまだ終わっていませんし、何より下民が王子と共に座るなど許されることでは――」


「うるさい」

 いかにも不機嫌そうに言われて、ぐっと言葉に詰まる。


「謝罪はもういいと言っただろう。この宮では俺がルールだ。俺はお前の隣に座りたいからここにいるんだ、何か文句があるのか。単純に嫌だというなら俺も考えるが――」

「いいえ、嫌なわけではありません!」

 頭を振ると、ルカ様は心なしか満足そうに頷いた。


「ならいい。お前は自分を卑下しすぎだ。さっきから下民下民と何度言えば気が済むんだ。聞いていて不愉快だ。止めろ」

「……でも……事実ですから」 

 私は自分の左手の甲を見下ろした。


 エメルナで生まれた平民の子どもは大体五歳になるまでに神殿へ行き、巫女から『祝福の紋』を左手の甲に授かるのがならわしである。


『祝福の紋』を持っていないのは下民だけだ。

 だから、何もない私の左手を見ればすぐに下民だとばれてしまう。


「……アンベリスに下民という概念はない」

 私を慰めるように、ルカ様は落ち着いた声音でそう言った。

 その声を受けて、私は下げていた頭を上げた。

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