35:謎の可愛いふわふわ動物

「申し訳ございませんがノクス様は面会謝絶です」


 翌日の午後。


 私とラーク、シエナの三人をお供に連れて、心なしか弾んだ足取りで『蒼玉の宮』を訪れたルカ様を待ち受けていたのは見知らぬ女官二人の謝罪だった。


 頭を下げた女官たちは『蒼玉の宮』の正面玄関を守るように立ち塞がっている。


 彼女たちの許しがなければ中には入れない状態だ。


「……な……何故だ? まさかまた兄上の身に何か――」

 ルカ様はよろめき、青ざめて身体を震わせている。


「いや違ぇだろ」

 ラークが即座にルカ様の後頭部を五本の指で軽く突き、深刻な雰囲気を台無しにした。


「何をする」

 つんのめったルカ様が振り返り、抗議するような目でラークを見る。


「なんで面会謝絶かって、見りゃわかんだろーが!!」


 ラークが腕を振って示した『蒼玉の宮』の前には見舞客が長蛇の列を作っていた。


 ノクス様が王太子になったという情報をどこからか仕入れた貴族たちがいまのうちに心証を良くしようとお見舞いに来ているのだ。


 曇り空の下、遥か遠くまで伸びる待機列の中には手土産という名目の贈呈品を持参している者も多くいた。


「状況はわかっている。だが、もしかしたら見舞客の応対に疲れたのではなく、また誰かに呪術をかけられて倒れていたり――」


「するか!! 目覚めた翌日早々、王宮を揺るがすような大事件が再発してたまるかよ!! もういい加減にしろよって王宮にいる全員が声を揃えて叫ぶわ!! 第一それなら呪いを察知したプリムがすっ飛んでくるだろ!!」


「ではまさか、見舞客を装った暗殺者に襲われて――!?」

「お前の中の王宮像ってどんだけ物騒なの!? 詰めてる衛兵や騎士がまるで機能してない無法地帯なの!? だーから押し寄せる見舞客にうんざりして面会謝絶にしただけだって!! なんなのこいつ!? 普段は割とまともなのに、ノクスのことになるとたちまち馬鹿になるんだけど!!」


「お馬鹿さんになったルカ様も可愛い……」

「こっちはこっちで違う意味で馬鹿になってるんだけど!?」

「察しなさいラーク。ステラはいま幸せの絶頂なんですよ」

「馬鹿の絶頂だろ!?」


 騒いでいる間に、正面玄関の扉が開いて中からモニカさんが現れた。

 モニカさんは扉を守る女官二人に何か注意した後、私たちの前に進み出た。


「申し訳ございません。彼女たちは新入りでして。ルカ様たちは通すように言っていたのですが、うまく伝わっていなかったようです。どうぞお入りください」

 モニカさんが扉の脇に立ち、手のひら全体で玄関ホールを示す。


「あー良かったー。待たされてる間にとんでもねー妄想をこじらせたルカがまーた暴走するんじゃねーかって冷や冷やしたわー。お邪魔しまーす」


「……暴走しかけたことに関しては謝っただろう……反省している」

 痛いところを突かれたルカ様は塩をかけられた野菜のように項垂れつつ、ラークに続いた。


「ラーク、ルカ様を虐めないで! あのときは仕方なかったでしょう!」

「そうですよルカ様、気になさらないでくださいね。ラークの言うことは半分以上聞き流して大丈夫ですから。失礼致します」

 シエナは軽く頭を下げてから『蒼玉の宮』の中へと入った。


「うお。なんじゃこりゃ。すげえな」

 ラークが驚きの声をあげる。


 それもそのはず、玄関ホールの1/3は贈呈品で埋まっていた。


 果物、お菓子、美術品、工芸品、布、樽、積み上げられた木箱の山。他にもたくさん。


 その中でもルカ様の目を釘付けにしているのは、女官たちと戯れている謎の生物だ。


 柔らかそうな白い体毛で覆われた体長三十センチほどの身体。

 くりっとしたつぶらな黒目に、長い耳と尻尾。


 その額にはひし形の赤い宝石のようなものがくっついていた。


「わあ、可愛いー!! あんな可愛い動物初めて見ました!! 多種多様な種族が集まるオーラム共和国あたりからやってきたんでしょうか? それともはるばる海を越えて外国から? ルカ様はご存じで――ルカ様?」


「……ふわふわだな……」

 女官に抱かれている動物をうっとりした眼差しで見つめてルカ様が呟いた。


「そういやルカって動物好きなんだっけ。ディエン村でも野良猫と戯れてたな」

「ああ……なんて魅力的な身体なんだ……見ればわかる、あれは犬や猫を越えた極上の手触りだぞ……一度でいいから触らせて欲し――いや、兄上の見舞いに来たんだ」


 花の蜜に誘われる蝶のように、ふらふらと近づこうとしたルカ様は途中で自制を効かせたらしく足を止めた。


 しかし、その赤い瞳の中には苦悩と葛藤が見え隠れしている。


 本当は謎のふわふわ動物と遊びたくて仕方ないらしい。

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