36:妖精のドツボは金髪碧眼でした
――くすくす。
笑い声が聞こえて、ルカ様ははっとしたように右手を見た。
「ルカなら一目で気に入ると思ったよ。その動物はオーラム共和国の使者が見舞い品として持参したんだ。なんでも、幸せを司る神獣らしいよ。カーバンクルっていうんだって」
そこには悠然とした足取りでルカ様に歩み寄るノクス様がいた。
ノクス様の右手にはルカ様とお揃いの指輪。
左肩の上には左右の側頭部でまとめた髪にピンクのリボンを結い、美しく着飾ったプリムが座っていた。
まっすぐに背筋を伸ばして上品に足を揃え、これまでのプリムからは考えられそうないほどの姿勢の良さだ。
『蒼玉の宮』で過ごすうちに、何か心境の変化でもあったのかな?
「兄上。おはようございます。体調はどうですか? 熱は? 痛みは? どこかに異常はありませんか?」
一瞬でカーバンクルへの未練を断ち切ったらしく、ルカ様は素早くノクス様の前に移動した。
「大丈夫だよ。みんなも来てくれてありがとう。ラークとシエナは初めましてだね。私はノクス・フィーネ・アンベリス。この国の王太子……になったらしい。正直に言うと、まだ現実に心が追い付いていないんだけどね。半分夢を見ている気分だ」
ノクス様は苦笑している。
「無理もないことです。しかしこれは純然たる現実です。受け入れてください、王太子殿下」
そう言うルカ様は嬉しそうだ。
「初めまして、王太子殿下。お会いできて光栄です。シエナ・リボリーと申します」
「ラーク・カリンツです」
シエナは深く、ラークは軽く頭を下げた。
「ようこそ、二人とも。君たちの活躍はルカから聞いたよ。ラーク、シエナ。ステラも、プリムも、私のために奮闘してくれてありがとう。ここにいる全員に心から感謝する」
ノクス様は頭を下げた。
王太子が頭を下げるなど常識では考えられないことだ。
深い感謝の気持ちが伝わってきて、胸がじんわり温かくなった。
「お顔を上げてください、ノクス様。私はやるべきことをしただけです。それでもどうしてもと仰るなら、一番の感謝の言葉はこの場にいない巫女姫様に心の中でお伝えしてください。人の身では解呪は不可能でした。巫女姫様が助けてくださらなければどうにもならなかったでしょう」
「もちろん巫女姫にも感謝している。でも、ステラだって私のために尽くしてくれただろう?」
お礼の言葉は素直に受け取りなさい、と目で言われて、私は笑った。
「恐縮です」
「どういたしましてー」
「だから無礼ですって! ノクス様は王太子なのですよ!?」
どすっと、シエナがラークのわき腹に肘鉄を喰らわせた。
「そうだ、プリム。巫女姫様が仰っていたよ。呪術媒体を破壊していなければ治療は不可能だったって。あのとき私に協力してくれて本当にありがとうね」
「礼には及びませんわ。種族は違えど、困っている者を助けるのは妖精王女として当然ですもの」
予想とはまるで違う返事がノクス様の肩の上から返ってきた。
ノクス様以外の全員が、え、という顔でプリムを見る。
「それでも、改めて礼を言わせて欲しい、プリム。呪いを見抜く目を持つ君がいなければ私は今頃生きてはいなかっただろう。君は私の命の恩人だ」
ノクス様は人差し指でプリムの頭を優しく撫でた。
「お役に立てて何よりですわ。ノクス様を救うことができて、わたくし、自分を誇らしく思っております」
プリムは俯き、ぽっと頬を赤らめている。
誰だ――――――――!!?
恐らく全員が内心でツッコんだと思う。
あまりの豹変ぶりにルカ様は目をぱちくりしているし、ラークもシエナも唖然としている。
「ノクス様」
プリムは羽根を震わせて空を飛び、ノクス様の前に移動してから自分の胸に手を当てた。
「もしよろしければ、わたくし、守護聖女ならぬ守護妖精としてこれからもノクス様のお傍に居ましょうか? 人には見えないものを見抜くこの目は、きっとこの先もお役に立つでしょう」
「ありがたい申し出だけれど、君は王女だろう? 故郷の森に戻らなくていいのか?」
「はい。妖精女王は放任主義ですし、彼女の元には多くの子どもがいますから、わたくしが帰らなくとも問題はありませんわ。いかがでしょう?」
「もちろん大歓迎だよ。むしろ私からお願いしたいくらいだ。自分の身まで滅ぼす呪術に手を出す愚か者はもういないと思いたいけれど、確実にいないと言える保証はないからね。君がいてくれると心強い。何より、君がいてくれると私が嬉しい。君がいると空気が華やかになるんだ」
「まあ、そんな……勿体無いお言葉です」
プリムは感激したらしく、両手で頰を押さえてもじもじしている。
だから誰だよ!!? というラークの心の叫びが聞こえてきたのは幻聴だろうか。
「ふふ。プリムは本当に控えめで可愛らしい。とても魅力的な女性だね」
「もうっ、ノクス様ったら。からかうのはお止めくださいまし」
頬を押さえて首を振っていたプリムは、呆然としている私たちに顔を向け、ギロリと睨みつけた。
その顔つきと目つきをたとえるならこうだ――『テメエら、あたしの本性をノクス様に暴露したらどうなるかわかってんだろうな?』
「これからもよろしくね、プリム」
ノクス様は呑気に微笑んでいる。
壁際に控えているモニカさんも、その他の女官の中にもプリムの本性を知っている者はいるはずだが、誰一人ノクス様には話していないらしい。
余計なことは言わない――まさに女官の鑑だ。教育が行き届いている。
「はい。こちらこそですわ」
凶悪な形相をしていたプリムは一転、淑やかな乙女に戻ってノクス様を見つめた。
上気した頬を見る限り幸せそうだ。
……そういえばディエン村で女性同士集まって恋話に花を咲かせたとき、プリムに理想の男性像を聞いたら「経済力がある男。金髪碧眼ならなお良し」って言ってたな。
王太子という身分。洗練された容姿。温厚な人柄。
三拍子そろったノクス様は、見事に妖精の心臓を撃ち抜いたようだ。
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